2009年06月27日

時間の使い方

去年の6月は「地球に似た惑星にいるあなたに」が出来上がり、それを持って
四国ツアーがあり、そして東京でコンサートがあった。忙しかったし、お客さんに来てもらえるかどうか毎日いろんなことをしていた。沢山の人達が応援してくださって、それからの一年は思い返してみるとあっというまだったような、遠い昔に起こった事だったような、時間がそのときそのときでゴムひもみたいに伸び縮みするみたいな感覚。
新しいアルバムの録音が始まった。
リハーサル、バンドのメンバーは近藤達郎さん(だいちゃん)今回はオペレーターも音作りもしてもらう。ベースは松永孝義さん、だいちゃんとはもう長い関係だからやっぱり話がスムーズでリラックスした空気になる。ドラムスは
永原元ちゃん、今回のバンドでの曲は4曲の予定で、その中のメイン曲に出来た時からツアーでつきあってくれた元ちゃん、いつもはジャンベだが、私は彼のドラムを叩くところを見るのも好きだし、もっと叩いてほしいからお願いした。
だいちゃんが監督であるけれども、最終決定は私。
自分に言い聞かせる。「気持ちよく、気持ちよく」 今までやってきた録音制作で学んだこと、失敗したこと、全部無駄にならぬよう。。。。

「She Said NO!」「今夜彼女は台所を棄てた」「どんなに遠くを」
「Cheek to Cheek」 どれも近藤宅のスタジオ・スネイルシェルにてみんなで「せーの!」の同時録音。スタジオはピアノとドラムセットでいっぱいで、私はスタジオの外の和室で唄うのだ。だいちゃんはこの録音のためによるを徹して和室とスタジオにスペースをつくってくれた。
本番は、やっぱり私が間違えるたびにやり直し。でもみんな私の唄とギターをちゃんと聴いていてくれるから、歌詞も理解してくれるから、「今の良かったよ」「そのまま続けてみたら」と和室に一人の私にヘッドフォンごしに声かけしてくれる。声かけは大切だ。安心をもらえる。
そうやって、二日間、短時間にて4曲のおおまかな録音は完成。
これから一ヶ月ツアーがあり、これらは少し寝かされる(熟成しているだろうか)そして、7月後半には、弾き語りが予定では7曲。今までではじめての
シンプルな録音、しかし難しい。
弾き語りほど難しいものはないと、最近特に感じる。

早起きが身についた。もちろん昼寝するときもあるけれど、休みの日は早寝もしている。
これからの季節はやっぱり朝のコーヒーと夕方のビール。
禁煙おかげさまで続いていて、「禁」というあまり嬉しくない感覚からだいぶ遠ざかってきた感じ。
空腹で眼が覚める。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年06月26日

高知に二日間は面白い

今回は、福岡茉莉さんという女性がいろいろ考えてくださりセッティングしてくださった。
一日目は「歌小屋の二階」そう、矢野絢子さんの歌を聴きたいし会って見たいと思っていたので楽しみだった。茉莉さんが無理に私をこの日に入れてくれたので本当は絢子さんと島崎文香さんというバイオリンを弾く女性の二人のステージだったのに長い夜になってしまった。矢野絢子さんはどんどん変化をしていく人のようで、私はそういうのがとても好きで、まだまだこれからどうなっていくのか凄く楽しみだなぁと思い、バイオリンの文香さんもこの場所で無ければできないストーリーがバイオリンを弾いている、、そういう二人のお芝居唄を聴かせてもらい、彼女らの母親のような年齢の私は、いつもと同じように
この夜も新鮮な気持ちで初めての場所で唄わせてもらい、気がつけば夜中近く。
ホテルに直行。
ホテルのロビーにポスターが貼ってあって、ハンバート・ハンバートが高知の牧野植物園の中の施設で唄うという。こういう偶然はよくあるのだけれど、大体時間帯が一緒だから会えることは少ない。でも彼等は昼、私は翌日ノパラダイムは夜。ハンバートのベイビー太陽くんにもまだ会っていないから、高須賀満さんに連れて行ってもらって牧野植物園まで。広い園内、これでもかというくらいどの植物にも名札がついていて親切だ。
ハンバート&ベイビー君は相変わらずのゆったりした空気の中で本番前を過ごしていた。しばしベイビーと遊ぶ。子連れツアーの大変さも聞いた。でもこんな素敵な時間ないのだもの♪ ありがとう未来の宝物に触らせてもらえて♪

夕方、パラダイムにて高須賀さんと私とリハーサル。満席予約だということで
茉莉さんはじめ、他にも女性スタッフが二人。ご苦労様です。
ツアー最後の夜だもの、おもいっきりいきましょう!
高須賀満さんの唄が好きだ。私より少しお兄さんであるけれど、初めてお会いした時より若くなっているような気がしてならない。楽しそうなのだ。
思わず「恋してますか?」と聴いてしまった。
岡山の尾崎さん達、高松の佐藤さんや武田さん、三崎の中村さんや貞ジイさんや山本さん中西さんや阿部さん、少しずつ年齢は違うけれど、みんな始めてあったときより若返っているような気がする。実際にそうなのだ。ヘッセの言うとおり。
私もこの夜は沢山唄わせてもらい、やっぱり南国のノリは良く、スタッフの皆さんも、お店のマスター&ママも一生懸命してくださり、なんといっても茉莉さんすべて完璧に仕切ってくださり、打ち上げ場所も休業日なのに開けてもらって賑やかな高知!またやりましょう!

翌日、茉莉さんが昼食をご馳走してくださる。最後くらいと思ったけれど、甘えさせてもらった。
空港まで車で、、お互いの生活の話などもしながら、、。
そして、お別れはやっぱり車を降りたところまで。これだけは私のお願い。
楽しければ楽しいほど、寂しくなるから。ありがとう!
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

休養という仕事

松山の翌朝、三崎組はそれぞれ帰宅。私も便乗して三日間ゆっくりさせてもらうことにした。
あいにく天気も良くなかったので常宿にさせていただいている「松田旅館」で
ゆっくり昼寝やら、東京に帰ってからの録音の為の歌詞や譜面のおさらいをしたりしていた。松田旅館は今はもう旅館としてはあまり人は泊めないらしい。
お母さんもお歳だし、、、しかしだ!何故私がこの旅館にコダワルカ?というとそれはただひとつ!シーツと浴衣の糊の利かせ方が半端ではないのだ。浴衣はそのまま立ってしまいそうなくらい。大袈裟ではない。そしていつかお母さんに「糊、気持ちよいです」と言ったら「残ったご飯、もったいないでしょあれ使ってるんですわ」と言う話、以前にも書いたかしら、、、でも何度でも書きたい。
いつも御世話になっている中村さんと娘さんと近くの温泉に連れていってもらい、早々と就寝。畳の部屋がいい!疲れが吹き飛ぶ!

翌日は、ご恩返しのつもりで、去年も行かせてもらった「県立三崎高校」の音楽の時間におじゃました。体育祭の準備でみんな忙しそうで、もう少し時間があったら面白かったけれど、それでもみんな一生懸命Fのコードに挑戦していた。選曲はアメイジンググレイス。来年はなんでも学校60周年だそうで、そのときは絶対に行かせてもらえたらいいなぁ、、。この三崎という場所を最初に紹介してくれたのは自分達の故郷だからと言ってくれた「サスケ」の二人。
だからみんなで来れたらいいなぁ、、。
この夜は、佐田三崎フォーク連盟オジサンたちと和馬も加わって、中村さん宅にてご馳走をいただく。メインディッシュは採れたてサザエだ!山盛り!
阿部親子が息を止めて潜って採ってきたものだ。身がつまりに詰まっている。
サザエだけでお腹が一杯!
中村宅にはとんでもなく大きなテレビモニターがあって、それで私の虹の根っこを観た。やっぱりDVDもこういう音響と画像で見てはじめてわかることがある。勉強になった。そしてDVDのなかでギターを弾いている萩原信義さんを中村さんが見て、私がノブさんの説明をしていたら、淺川マキさんのLPを出してきて、昔中村さんが一生懸命ノブサンノギターをコピーしていたことを話してくれた。あぁ、ノブさんも来れたらいいなぁ、、。ノブさんならいい人だからサザエ一個でも感動するなぁ、、。

最後の一日は、勝手に町をウロウロ、部屋でゴロゴロ。勝手にさせてもらえる贅沢に感謝。
三崎のみなさん本当にお邪魔様でした。

さぁ、翌日は高知。なんでも電車を乗り継ぐと5時間かかるらしい。朝一番のバス(一日3本しかない)に乗って松山から高速バスがいいと聞いてそう決めていた。しかしだ!やっぱり四国!何があるかわからないものだ!
なんと、高知の学校に行っている息子さんに食料を届けに行く人がいるという、それも阿部父さんの同級生だという。朝8時に立派なワゴン。なんということだ、どうも二人ともかなりの遊び仲間だったらしく、運転席と助手席の会話はとぎれることなく、私はうつらうつらとしているうちに昼前に高知のはりまや橋のホテルの前に運んでもらっていた。
幸せな休日と真心、どんなに元気になったでしょう♪
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

松山ジャック

高松が間には言ってしまった形でまた愛媛に戻る。
河野美賀ちゃんから連絡があって、早めに松山で落ち合うことに。というか美賀ちゃんは今治在住だから同じ電車で落ち合うのだ。
彼女は眼が不自由であるのだけれど、非常に自由にあちこち凄まじいスピードでエネルギッシュに動いている。感性は360度五体プラス心の眼で出来ている。去年朝早い私たちを今治駅で待っていてくれて、ハムカツサンド(絶品)を私と永原元ちゃんに食べさせてくれた。考えられない発想と愛情だ。
今回も私の体を心配して、本業であるマッサージを本番前にやってくださった。お土産にホテルで飲めるようにとインスタントコーヒーも持ってきてくれた。
唄わせて貰う場所は「カラフル」元「児雷也」のマスターのノブさんが今年亡くなって、そのあとを継ぐようなかたちでスタッフの人たちが頑張っているようだ。
ここを紹介してくださったのは、三崎〜そう、愛媛の西の細長〜い岬の皆さん。なんとお客さんの8割が三崎関係者で埋め尽くされてしまった。車で2時間半以上はかかる。でも松山に遠足みたいに楽しみに来てくださった。
この夜の共演者は、三崎で友達になった阿部和馬くん19歳だ。
彼に会ったのは三崎でライヴをした打ち上げで、オジサンたち(佐田崎フォーク連盟という由緒正しい組織があるのだけれど)に「和馬歌わんか」といわれて唄ったのが、加川良さんの「知らないでしょう」だった。選曲も驚いた、だって高校生で? なんでもお父さんから教えてもらったのだそうだ。私も好きな唄だったし。なんといっても彼の声が良い。リズムもさすが21世紀の子だ!で、必ず和馬と一緒に唄う約束をして、そしてやっぱりオリジナルを創ってね、、と言ってから二年経った。
びっくりした!この夜はたった3曲の持ち時間だったけれど、二曲のオリジナル素晴らしかった。伊方町からやってきた山本さんの奥さんなんかお母さんみたいに涙ぐんでいた。でもわかるな。
和馬のお父さんは漁師で、和馬も三崎の殆どの子供達が都会の大学や仕事に行くのに高校卒業してそのままお父さんと一緒に漁に出ている。タフなシンガーソングライターだ。
不良になりたくてもなれないような環境で精一杯の秘密のアソビが学校が終わってから友達と自転車で登っていく町で一番高い山で暗くなるまではしゃぐこと、、、、、そのままが一曲の歌になっていた。
それはどんなに時代が変わっても色褪せない、愛媛の突端の町のスタンダードになるなぁ、、と思った。
終わってから、みんなで松山の繁華街を歩いた。コンビニもない三崎から松山ジャックしたみたいに楽しかった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

高松うどんにはじまりうどんで〆た

6月7日、松山駅からJRで2時間半。海沿いを走る。久々にこの電車で高松に行く。
真夏のように暑い日曜日。
グランドファーザーズは大好きなBarで以前は別の場所にあったのだけれど、今はオリーブホールというかなり大きなイベント会場に隣接している。
この店のどこが良いって、流れてくるレコードやCDの選曲が絶品!そしてギネス。一枚のアルバムをかけっぱなしになんかしない。マスターの武田さんはお客さんの顔をみては曲をすっと変える。バーテンダーなのに素晴らしいDJなのだ。素晴らしいバーテンダーだから素晴らしいDJなのだ。
良い音で唄わせてもらった。ギターショップHitsの佐藤さんがいつもお世話してくださるが、今回は日曜日でお客さんは少なかった。それでも頑張ってホールを武田さんたちと運営している。高松のこのホールにニール・ヤングを呼べたらやめるそうだ。佐藤さんらしいな。でもはじめて聴いてくださる人、毎回来てくれる人、皆さんありがとう!また来年!
そしてこの日結婚記念日だというカップルの為にひっそりとアフターステージで一曲「生命の河」25年も連れ添っているという、、、う〜んえらいな〜
私のように一人ばかりが長い人間には、そういうことを今からしろと言われても出来るだろうか?修行にちかいかもしれない、、、やってみる価値はあるかもしれない、、、まだ時ではないのだな????

ともあれ、おやつに饂飩、お昼に饂飩、そして翌々日松山に戻る前に駅のホームのスタンドで饂飩。
 美味しゅうございました♪
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

愛媛 伊予市から宇和島

伊予市の駅に道の駅がある。「町屋」となづけられている。
G−FACTRYというギターショップで唄わせて貰った時にお客さんで来てくださった女性がその町屋を運営している人達の一人だったのがきっかけだった。もう、これで3回目。はじめは炎天下の中、立ち止まる人もまばらで、でもそれはストリートの感覚で面白かった。何よりも重松さんと上のさんという女性の働きぶりが素晴らしく、地物の野菜、魚、食材、生き生きとした場所を切り盛りしている。
去年はタイコの元ちゃんと一緒で、そのときに「なだそうそう」をリクエストされて、歌いだしとサビしか知らないのに唄いきってしまい、元ちゃんが笑っていたけれど、あぁいういいかげんはやめようと誓った場所でもある。
今回はフリーマーケット開催中で、今までで一番お客さんがちゃんと聴いていてくださり、私もとにかく日本全国其処此処で唄わせて貰っているけれど
道の駅は此処だけという大切な場所であるので嬉しかった。
もちろん唄い終わってからはフリマで物色物色、値切る値切る。しかし持って歩けないから宅配代のほうが高い、、でも良いのだ、旅に出ると必ずこうして服を仕入れる。値段は秘密。

岡山の尾崎さんたちと入れ替わるように、宇和島から亀田さんという女性が車で町屋に来てくださっていた。
そう、この夜は宇和島で唄わせて貰う。はじめてなのだ宇和島。だからどういうライヴなのか亀田さんからいろいろ聴いていたけれど、やっぱり行ってみなければわからない。「カフェペペ」という結構広い喫茶店。月に二回いろいろな人達が集まってフリーライヴをやっている。そこに私も入れてもらうことになった。出演者は沢山でいつもは夕方から深夜までだそうなのだが、私は深夜は弱いので、なんとか9時半くらいからにしてもらった。
オリジナルを唄う人達、ギターのインストをする兄弟(ハンサム)、それから偶然、私の大好きな三崎の人達のお知り合いで一昨年忘年会で一緒になったミミさんという女性もいて、しかしその人と挨拶はしたものの、何処で会ったのかが思い出せなく、なんと自分のステージで唄っている時に間奏を弾いている瞬間に、ミミさんがその三崎の忘年会でキムチ鍋を作っていた姿を思い出してしまった。唄いながらキムチ鍋を頭に浮かべたのは初めてのことだ。
亀田さんが気を使ってくださり、出来ればまた機会を、、とマスターも言ってくださった。それぞれが気楽に、でも必ず新しいことに挑戦していくライヴだ。プロのよしださんが、、と何度も言われたけれど、私は反対にこうして場所を提供する人、PAをする人、新曲をひっさげて楽しむ人、その中の一人で唄わせてもらって気分が良かったから、フリーでも嬉しいし、それがまた新しい関係をつくっていければ良いので、「プロという言葉は今夜はやめましょう、自分で決めればいいので」というようなことを話した。
亀田さんには翌日、なんと車で松山まで送ってもらい、後日あのフリマの戦利品の宅配をお願いしたらば、一緒に彼女の手作りの姫座布団が入っていた。彼女の実家は布団やさんなのだ。お母さんも明るい方だった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

禁酒會館という

なんとストィックな名前。。。。岡山にある。旧い旧い佇まい。1階はカフェになっていてカレーが名物。大正12年に建てられ空襲も奇跡的にまぬがれて今に至っているそうな。なんでも大正初期に世の中が不安定不景気になってお酒に走る人達の為に断酒運動の拠点になっていたそうだ。今でも酒害の相談を行っているNPOの集まりもあるそうだ。この建物の二階の小さなホールで毎月コンサートをされ続けているのが、尾崎ツトムさんだ。今回で112回!
アメニモマケズ、カゼニモマケズ、そして集客数にもマケズ、やり続けていらっしゃる。殆ど毎回素晴らしいゲストがあるし、オザキユニットでオザキさんはメインヴォーカルで必ず唄われる。私は今回で二回目。「毎年ではお互いに新鮮でなくなるから2年後くらいに、、」とそんなことをお話していたけれど
前回は2006年の12月だった。岡山近辺にはかなり何度も来ているからそんな長い時間を感じなかったし、尾崎さんやユニットのギタリスト黒瀬さんや、そのまわりの沢山のお友達の方々ともいろんなところで逢っていたからだとおもう。
今回はなんだかはじめに尾崎さんが私のことをいっぱい褒めて下さって、そういうのは嬉しいのだけれど、なんとなく唄う前だとちょっと気負ってしまうんだな、、。あ〜こういうのヘイチャラでいたいんだけれどな、、。だって褒めてもらうのは良いことなんだからな。。。
そう、ちょっと硬い感じで始まってしまったけれど、このコンサートのお客さんはみんな素敵に耳を傾けてくださるから、おかげさまで良い時間がだんだんと出来上がってきた感じだった。前回と同じように「てけてく」という天然酵母のパンやさんの勝部さんがパンとコーヒーを持ってきて、私も赤ん坊の頭くらいの大きさのレーズンパンを買って本番前にかじっていたが、このパンはその後私と共にずっとステージ前の非常食となって一週間付き合ってくれたのだけれど、凄いパワーのパンだった。
ステージが終わり、撤収もすばやい。そして二次会。
禁酒會館では出来ない打ち上げ。前回も連れていっていただいた鰻がメインのお店なのだけれど、鰻は食べない。高級な鰻らしい。そうしたらマスターが
「このグループはいつも此処に来て鰻を頼まない」というので、私が白いご飯にタレだけかけて食べてみたいです(昔、子供に今夜は鰻だよと言ってこうしていたのだ)とお願いしたら、なんと本物の肉厚のウナギの白焼きがドサっと出てきてしまった。皆さんに散財かけてしまった、、、。ごちそうさまでした。
翌日は四国の愛媛の伊予市に渡らなくてはならないので早めにお開きになったのだが、その翌日愛媛まで尾崎語夫妻が車で送ってくださるという。
土曜日だから瀬戸大橋もしまなみ海道も¥1000だし、、と。ありがたいけれど申し訳ないと言ったら、しまなみ海道渡ってみたいから、、というなんとも豊かな理由。翌朝は尾崎さんのお姉さんまでご一緒で、まずは瀬戸大橋を渡る。瀬戸大橋はフェンスが続いていて絶景ではないけれど、やっぱり本州から四国に渡る感覚はいつも特別な気持ちになる。ドライヴはノンビリと楽しかった、、で終わらないところがヤッパリだ!四国に行くと必ず何か起こるのだ。
そのことは忘れてはいなかったけれど、実は私たちは大変な忘れ物をしていたのだ。私のツアー用のCDの詰まったダンボールが尾崎邸の玄関先に置かれているようなのだ。もうすぐそこは伊予市。どうやっても間に合わない!が!
私のCD達は気がついてから数十分でなんとベンツに乗って瀬戸大橋を渡り、私が伊予市町屋で唄い終わる寸前に届いたのだ。届けてくださったのはいつもフォークジャンボリーや禁酒會館ライヴでお客さんなのにいろいろ働いている住友さんだ。なんという大掛かりな四国参りになってしまったのか、、。
「町屋で唄うのまでお付き合いは結構ですよ」なんて尾崎さんに言っておきながら結局PAまでセッティングしてもらって、奥さんもお姉さんもずっとお客さんになってもらって、最後は笑顔で住友さんが「よかったよかった」と言ってすぐにまた岡山に帰られて。
御世話になりっぱなし〜でスタートをした6月のツアー初日から翌日までの顛末。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年05月27日

五月半分 そのU

よりこちゃんと会ったのは、まだエレックレコードが元気な頃で、立派なビルには「メイトルーム」という部屋があり、そこはファンの人たちが自由に過ごせるようになっていて、私もよく顔をだしていて、よりこちゃんは佐渡山豊さんの大ファンで(いまだに)、だから直接会話をしたかどうかは覚えていないけれど会っていた事は確かだ。
それから30年近くが経ち、佐渡山さんも本格的に活動を再開し、私もそろそろ、、というときに秦野の「ぷかぷか島」(当時は東海大学前にあった)で再会した。綺麗でゆったりとしていて素敵だなと思った。
その後、何度かおかしな出会い方をしているうちに、一緒にツアー(ほんとに二人でいくと皆さんあきれるくらいオカシイ)に出掛けたり、細々したことで私は随分御世話になっている。歳の若いオネエサンなのだ。
彼女はそうたびたびではないが、ライヴを企画してくれる。それは地元の同級生中心のホームパーティーのようなものだったり、彼女らしい昔っぽい喫茶店だったり、今回は船橋駅近くのBAR。「SAUSALITO」佐藤龍くんやとみたいちろう君も唄っている。マスターとは以前会っていたけれど、初めての場所に入るときの瞬間の印象というのは大事にしている。そしてこの店は、どうしても始めて来たとは思えない馴染んだ空気が漂っている。いいなぁ、、こういうところ近所にあったら、、というBARなのだ。
なんでも前夜、よりこちゃんの友達の(この夜もお客さんで来てくださった)ライヴで唄っていたというタナコウ君という31歳のシンガーを誘って、思わぬゲスト。ジェムス・テイラーのナンバーの中でもかなりシブ好みを唄う、オリジナルもリクエストしたらこれがなんともセツナオカシイ唄で気に入った。「裸の王様」という、自虐的だがそのまんまなところがいやらしくない。場が一気に和んで、私もすっかりゆったり、でも新しい曲もきちんと唄いたかったから、良い塩梅にステージが進んだ。よりちゃんの友達が殆どだったけれど、久しぶりのtomokoさんや、S氏や、マサエサン、ラルクさん、、、
同世代の醸し出す雰囲気がBAR全体に香った。
早めに帰ったつもりだったけれど、私の町行きの電車は終電二つ前だった。

翌日は早起き。このパターンが2週間続いている。
24日の日曜日は、多摩センターという駅から少し行ったところにある新築、いやまだ完成しきっていない建物。
声をかけてくださったのは、小林さんという女性で、国立の「はっぽん」で私を聴いてからメールをいただいてこの日が来た。小林さんだけでなく、そのまわりに沢山のお友達がいて「はっぽん」でかなり盛り上がった。
しかし、何度も何度もメールのやりとりをしていて、唄う場所がまだ完成していないという、、、いったいどんなところ???ちょっと心配になってきた。
だから、今回は内輪だけのライヴにしましょう、、ということで、でもやっぱり現場に着くまでちょっと心配だったな。
小林さんは精神科医、途中の電車の中ではじめて知った。決して派手な話し方も動作もないのだけれど、私のような人間がす〜っと安心できる人。稲田堤の商店街にリサイクルショップがあって、なんとなく気になって、小林さんをほったらかしにして物色。あった〜¥1000のワンピース!和菓子のような薄緑のワンピース!
という思いつき行動の私をいよいよその現場に連れてきてくださる。
わ〜わ〜わ〜!!!確かに外観は完成しているけれど、奥のほうでまだ未完成な部屋があるという、、でも十分!地下一階、サロンは吹き抜けで二階はキャットウォークみたいで、なんとロフトがあって、それもヒミツの隠し階段で上がるのだ。和室もあり、立派なお風呂もあり、あ〜これならお泊りの用意してくればよかった。
設計して創り上げているのは小林さんのご主人、今、必死につくっているのは厨房だそうで、それが出来るとかなり豪華な宴会も出来るそうな。
そしてご夫婦で建てているけれども、このスペースは「自由空間Warp」と名づけられていて、家主の独断と偏見(かなり幅は広いはず)に基づいたアソビをいろんな人が集まってできる「遊び場」だったのだ。
感動しながら、あっという間に私の唄う時間になった。はっぽんでお会いした方々もあり、初めてのかたもあり、吹き抜けのまっさらな木の部屋に響く音は極上!呼んで下さって感謝が溢れる。そのまま1時間半唄わせてもらった。
一息ついていると、地下に用意されているお料理がなくなっちゃうよ~と言われて慌てて下に降りると、そこは防音されたコンクリートの四角い空間。ここも遊び場。そして素晴らしく美味しいお料理たち。その名も「おつまみ作り隊web」なるHPをつくっている方の絶妙なおつまみ達、唸ったな〜
それぞれいろいろな職業の方や、主婦の方、でもとっても元気で明るい、そして豊かだ。この豊かさは、自分のことばかり考えて生きている人たちにはないものだ。だからこの空間も出来上がってきたのだ。
豊かな人たちに沢山会えた船橋、そして多摩センター。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

五月の後ろ半分

15日(金)CHADの日。このところCHADの時は雨が降ったりしていたけれど、今回は爽やかな金曜日。しかし今月は東京のライヴが多いからお客さんは少ないのは覚悟していた。私のとってこの店は実験と挑戦の厳しい場所なのだ。レギュラーで唄わせてもらうには、それなりの豊富なレパートリーとステージングの変化が必要だけれども、私は誰の唄でもカヴァーできる歌手ではないので、いい加減にそういうことをやっつけのようにやりたくないから、小さなBarなのにでっかい宿題がいつも付きまとっている。マスターの本田さんの耳も厳しいから様子ですぐわかる。最近はそういうことにも意識しなくなった。意識するなと無言で教えてくれていたのも本田さんかもしれない。
今回は、いつも聴きに来てくれるお客さんに加えて、若いカップルがやってきてくれて、ウレシそうにリズムとってくれて、ちょっとグルーヴ感あったな〜
そして、はじめてマイクを使わずに唄ってみた。ちょうど良い音量、ささやかな響き。じっくり聴いてもらうにはこういうやり方も良いし、なんといっても自由だ。上着を脱いで裸足でいるような感覚。

翌日が早いので、CHADから大急ぎで帰宅。しかしやっぱり寝たのは夜中過ぎてしまった。
花小金井に12時までに行かなくてはならないのに、電車を乗り間違えたりで物凄く体力を消耗。
TSPというライヴハウス、去年できたばかりという真新しい立派なスタジオのようなスペース。しかし午後2時からのライヴ、、、なんとかお願いしてきていただいた皆さん嬉しかったです。
タイコの元ちゃんとリハーサルをして本番1時間半、片付けて、考えてみたら移動時間のほうがはるかに長い。。。
乗換駅の高田馬場で食事をしてもまだ7時すぎ。雨が降りそうで降らずにすんだのは本当に良かった。

日曜日から二泊三日の小旅行。
このところ、頭も体も少々オーバーヒート気味だったから、テレビやパソコンのないところで休もうと思った。
しかし、出掛ける間際にメールチェックしていたら、なんとRACHEL FAROさんからの新しいメール!
実は、彼女の歌をはじめて使わせてもらってCDを出す頃からメールのやりとりをしていたのだけれど、だんだん親密になってきて、思い切って「日本で一緒に唄いましょう」という提案をしたら、なんと「行きたい!行く、行く!」
ということにはなっていたのだけれど、これがかなり具体的な日程まで決まってきたのだ。そこまでいくとデリケートなやりとりもあるので、きちんとした英文を書いてくれる人に頼んで今月はすごしていた。
出掛けのメールは、なんとRACHELさんが10月の第1週に上海にいるのでその後に東京に来たいという内容。。。と、いうことは、私の一年に一度の
コンサートの頃じゃないの!ということは、なんとかその日に合わせて、沢山のお客さんにRACHELさんを聴いてもらいたいし、私とのステージもみてもらいたいし、、、
今年は世の中も暮らしが厳しくなるいっぽうで、私もライヴのお客さんやCDの売れ方をみていてやっぱり厳しい、、。しかしそういうときこそやれることもあるのじゃないか?と思って、6月にはレコーディング、そして夏休みをしっかりとって心も体も頭も元気にして、8月の終わりにはニューヨークに行くことにもしていた。う〜ん、我が家の経済はいかに???
しかしだ、やっぱり、そういう時も必要なのだ、、と自分に言い聞かせていた。でもって、RACHELさんが素晴らしいタイミングでやってきてくれる。もちろん私がNYに行けば彼女と30年ぶりに逢ってリハーサルも出来る。実はNY行きは、私の親友のだんな様が、奥さんと二人で行ってきなさいというプレゼントなのだ。
こうなったら、流れに乗って、しかし手は抜かず、一つ一つスピーディーにかつ楽しくやっていこうじゃないのと、、、。
30年前、いや数年前には考えられないような毎日をすごさせてもらっているのだから、弱気は禁物だ。

RACHEL FAROというシンガーソングライターは、今はジャズやラテンミュージックのプロデューサーでもあって、しかし残念ながら日本では本当に少ない人しか知らないアーティスト。
どうやってツアーを組もうかしら、、ゆっくりゆったりしてもらいたいしなぁ、、、。
この日記を読んで、ご興味、またヒトハダ脱ぎましょう!と言う方がいらしたらこんなに嬉しいことはない。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年05月20日

風に吹かれて、ポロン亭

瀬戸口修さんに誘われて、5月9日、大森「風に吹かれて」でのジョイントライヴ。
この日は修さんは、ここでギター教室もやっていて、ちょうど終わり頃に私は到着。なかなか難しいことしてる、、ブルースだ。いいな、教えてもらいたかった。修さんはあまり目立たないようにいつもギターを弾いているけれど、実はかなりテクニシャンであることを以前から知っていて、でもそういうさりげなさは凄く好きだ。
しかし、もう飲んでるよ〜ゴキゲンだ。
私は永原元ちゃんをサポートにお願いしていて、元ちゃんと修さんのリハーサルでの会話は、、、内緒にしておこう。つまり出来上がっちゃっているところに、健全な若者が何もわからず入ってきちゃったシーンね。

本番は、私がさきに唄いたかったのに、修さんがどうしてもと言って唄い始めた。でも流石に本番しっとりと良かったな。
お客さんも満員近く、私は元ちゃんとのステージは久しぶりだったので新しい唄が中心になったけれど、最後に修さんと元ちゃんと「私はわたしよ」を唄うという修さんの提案でやりました、そして私は笑いました、転びました。
あの、自然なオカシサを私は尊敬している。わざと出来るものではない、誠実さがなせる業!
店主、金谷くんも元気だったし、大森「風に吹かれて」はやっぱり、私にとても故郷の匂いのする場所なのだ。

翌日は荻窪ポロン亭。中央線人身事故。東京で電車に乗ると必ず放送されるアナウンス。私は毎日でないけれど、毎日これを聴く人たちがいる東京。。。。

ポロン亭は、荻窪の駅から歩いて10分(これは私の場合ね)
ちいさな喫茶店。ここでずっとライヴを企画している加藤さんという素晴らしい方がいて、名だたるアーティストが20年以上昔からここで唄っている。
私も、もうこれで5回目、、。
猫が棲みついている店。でも去年いた子がいなくなっていた、、。猫達は唄っている間いろんなところで寝ていたりゴソゴソ動き回っていたな。ママは犬も飼っていて、なんとなく見ていると人間たちよりも犬や猫と話しているほうが多いような気がする。
この日はお客さんは少なかったけれども、そういうことを気にせずにいられるのは、ママと加藤さんのおかげ。
一度、超満員になったことがあったけれど、それは、私が朝日新聞にダルシマ奏者として載ってしまった翌日だったので、そういうものが好きな人が来ちゃったのだ。ありがたかったけれど、それ以来その人たちの殆どとお会いしたことがない。

今回は、なんと店から気軽に電話して「ポロン亭にいるよ」と言ったらば、ギター持って萩原ノブさんがやって来てくれたのだ。
ノブさんは私が知っている日本のギタリストのなかで大好きな人だ。なんといっても優しい。であるから音も優しい、しかし「ここぞ!」というときの決まった音には鳥肌がたつくらいのグルーブと音色。この日もリハなし、しかしノブさんと一緒に演ったステージで一番息があったかもしれない。
豊かな音が店一杯に響いた。
お客さんの気持ちも豊になっていたらいいなぁ、、。

東京の旅は、ホームに流れる居た堪れないアナウンスがあるけれども、私の故郷だ。この巨大都市をアリンコのようにずっと動き回るのだな。
昔、荻窪の駅前は下北沢同様に素晴らしく雑多な市場のような商店が駅を支えていた。今はもうない。駅前の屋台のヤキトリ屋がその名残だ。
一瞬、一杯、、、って、ノブさんも私も吸い込まれそうになったけれど、街も変われば、私たちの暮らしも体も変わる。良い子はまた電車に乗った。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記