2009年06月26日

松山ジャック

高松が間には言ってしまった形でまた愛媛に戻る。
河野美賀ちゃんから連絡があって、早めに松山で落ち合うことに。というか美賀ちゃんは今治在住だから同じ電車で落ち合うのだ。
彼女は眼が不自由であるのだけれど、非常に自由にあちこち凄まじいスピードでエネルギッシュに動いている。感性は360度五体プラス心の眼で出来ている。去年朝早い私たちを今治駅で待っていてくれて、ハムカツサンド(絶品)を私と永原元ちゃんに食べさせてくれた。考えられない発想と愛情だ。
今回も私の体を心配して、本業であるマッサージを本番前にやってくださった。お土産にホテルで飲めるようにとインスタントコーヒーも持ってきてくれた。
唄わせて貰う場所は「カラフル」元「児雷也」のマスターのノブさんが今年亡くなって、そのあとを継ぐようなかたちでスタッフの人たちが頑張っているようだ。
ここを紹介してくださったのは、三崎〜そう、愛媛の西の細長〜い岬の皆さん。なんとお客さんの8割が三崎関係者で埋め尽くされてしまった。車で2時間半以上はかかる。でも松山に遠足みたいに楽しみに来てくださった。
この夜の共演者は、三崎で友達になった阿部和馬くん19歳だ。
彼に会ったのは三崎でライヴをした打ち上げで、オジサンたち(佐田崎フォーク連盟という由緒正しい組織があるのだけれど)に「和馬歌わんか」といわれて唄ったのが、加川良さんの「知らないでしょう」だった。選曲も驚いた、だって高校生で? なんでもお父さんから教えてもらったのだそうだ。私も好きな唄だったし。なんといっても彼の声が良い。リズムもさすが21世紀の子だ!で、必ず和馬と一緒に唄う約束をして、そしてやっぱりオリジナルを創ってね、、と言ってから二年経った。
びっくりした!この夜はたった3曲の持ち時間だったけれど、二曲のオリジナル素晴らしかった。伊方町からやってきた山本さんの奥さんなんかお母さんみたいに涙ぐんでいた。でもわかるな。
和馬のお父さんは漁師で、和馬も三崎の殆どの子供達が都会の大学や仕事に行くのに高校卒業してそのままお父さんと一緒に漁に出ている。タフなシンガーソングライターだ。
不良になりたくてもなれないような環境で精一杯の秘密のアソビが学校が終わってから友達と自転車で登っていく町で一番高い山で暗くなるまではしゃぐこと、、、、、そのままが一曲の歌になっていた。
それはどんなに時代が変わっても色褪せない、愛媛の突端の町のスタンダードになるなぁ、、と思った。
終わってから、みんなで松山の繁華街を歩いた。コンビニもない三崎から松山ジャックしたみたいに楽しかった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記