2008年11月19日

今宵君と

神戸に2004年、はじめて一人で唄いに行った。まっちゃんこと松本史郎さんを紹介してくれたのは福井の南志郎さんだった。南さんはサンチャゴと呼ばれていて、この年の春に福井のイサラギ・ログハウスで村上律さんとのジョイントライヴをやってくれた。そこに神戸から小さな子供を連れてやってきていたのが眞城佳奈さんだった。神戸でまっちゃんの主催するライヴやいろいろなイベントのスッタッフをしていた(もちろんボランティア)。サンチャゴさんとはなかなか会う機会がなくなってしまったけれど、もう少ししたらきっとお互いに余裕も出来るだろうし、共作の「崩れ落ちるものを感じるかい?」は不滅だ。
そういう経緯でまっちゃんと会うことが出来て、神戸で唄わせてもらえるようになったのだった。年表をみてみると、まっちゃんが「まっちゃんライヴ」というのをはじめたのは9年前。その間に100回のライヴというのは凄いことだと思う。いつもは深夜まで忙しく仕事をして休みの日を準備や何かに費やす。店ではないのだから、儲けなど一切ないのだ。2年前にフォークジャンボリーを「月世界」というもとキャバレーでやった時など、お客さんの入りが読めずに貯金通帳をこっそり持参していたという。それを支えるスタッフの人たちも手弁当だ。そのかわり好きな人たち、聴いてみたい人たちを楽しいんで聴くライヴなのだ。
ステージでも話したけれど、若いときのまっちゃんの夢は「今宵君と」というライヴハウスをやることだったらしいけれど、お店などやっていたら、毎晩売り上げや歌い手のギャラなんかで悩みっぱなしでいただろう。そうしたらこんな温かなそして豪華なお祭りは出来なかったと思う。
「今宵君と」の出演者はまっちゃんライヴに出演した中でも多出演した人たちが中心。私はまっちゃん曰く「押しかけ」だったみたいで、それに楽屋では名前だけは知っていても話したことのない人達も沢山居て、、ちょっと最初は寂しくなってしまったけれど、ほとんどホールで先輩達の唄を聴いていた。
やっぱり関西のソウルはずっしりと根っこがあって感動する。
アンコールではまっちゃんもステージで泣いていたな。。。。。
神戸という土地に居る人たちは、あの震災以後よりいっそうの結束力と強さと優しさを育ててきたのかな。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記