2009年06月30日

土砂降りのち晴れ

ゲリラ豪雨などという名前がついてしまった最近の突然の大雨。日本全国で起こっているけれど、特に東京のような自然現象に無防備な場所の豪雨は悲惨だ。私は長靴を履くのが好きで、ちょっとでも雨が降ると花柄の緑の長靴を履く。北海道ツアー用には私の靴の中で一番値段の高いゴム長を履く。しかし
都留からの足で降り立った巣鴨、私はパンプス。そして駅の外は土砂降り。
駅で私を待っていてくれたまさえさんと、どうしよう、、となって、なんでも
「手風琴」というお店は駅から3分くらいのところ。でも歩けない、歩けるけれど楽器が濡れてだめになる。なんと徒歩3分をタクシーで豪遊した。このまま降ったら帰りもタクシー?いや、それよりもお客さんはもっと大変。どうか雨が上がりますように。
手風琴というお店、初めてだったけれど、結構いろんなアーティストが唄っていて殆ど知っている人たちで、マスターはとても紳士的で、着いてすぐに音ノチェックをして終わった頃にこの夜を誘ってくれた鎌倉研さんがやってきて、私とまさえさんは近くのエスニック料理屋さんへ。都留で吉田うどんを食べ損なったので麺がいいなぁ、、フォーを頼む。そうこうしているとusagiさんがやってきて3人とも違うフォーを頼んだ。温かいフォーは美味しいのだが、麺がどんどんふやけてきて食べても食べても減らない、だから一生懸命食べなくてはいけないのだ!とお店のマスターに帰りがけに言われた。米の麺も好きだ。
さぁ、鎌倉研さんとは去年「風に吹かれて」で初めて一緒にやらせてもらって以来だけれど、今回はそこに生田敬太郎さんや、瀬戸口修さんが遊びに(すでに出来上がっている二人)来ていて、奥の関係者席はおじさんのはしゃぎ場の状態だった。風にふかれてのときは私が先に唄ったので、今回は順番ということで研さんが先。
45分くらいね〜と言っていたけれどそんなわけは無い、だって研さん目当てのお客さんが殆どで、何か新曲ならぬ新ネタを楽しみにしているのだ。
何度か研さんとは会っているし、そのキャラクターも知っている、初めのころは「ネタ」で笑わないように我慢していた、、、というか彼の本当の優しさを私が理解していなかったのだなぁ、、とまた改めて思い知らされた夜になったのだ。
1時間ちょっと、唄はオリジナルもそして友達の唄も、それから上質の歌謡曲も全部で6曲?くらい?彼の場合は話しの合間に唄がある。
その話は、やっぱり我慢していても普通にとってもオカシイ!笑っちゃう!
彼でしか出来ないエンターテイメントなのだ。
どうしてもムツカシイ顔して唄うイメージとそういう空気の店と、そういう歴史のなかで『せま〜い世界』で育ってきて大きくなって、なんだか若い頃より子供になっていく私たちはどんどんこだわりがなくなってきて、良いもの、本物の枠もスッゴクひろ〜くなってきて、そしてこの夜の鎌倉研さんはやっぱり私が逆立ちしても考えられないギャグでお客さんを楽しませていた。もちろん大笑いした私。
二瓶さんというサックスプレイヤーの方がいらしていたので、私は「Cheek toCheek」に参加してもらい、「今夜彼女は台所を棄てた」と「She said NO!]には敬太郎さんのハープをお願いし(すっごかった♪)
最後は瀬戸口さんもみんなもでステージはいっぱいになって『風景」を唄った。満員のお客さん。ゴキゲンのセッション、豪華版!
そしてお客さんがお店を出る時には、一時的に雨はやんでいたのが何より嬉しかった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

山梨の緑の中で

中央線で新宿から1時間、大月の駅に高部さんが迎えにきてくれる。
これで四回目の都留でのライヴ。
最初は高部邸が改築されたのでそのお祝いライヴだった。それから町のお店で、そして去年は元ちゃんのタイコも入ってまた高部邸にて。高部さん(今は邦広さんなので邦ちゃんと呼ぶこともあるが)とは、甲府のハーパーズミルというカレー屋さんでマスターの坂田さんは今では有名なギターつくりさんでもあるその場所で私が唄ったときに会って以来だから、もう6年目になる。
都留でもと言ってもらって、だいたいゆっくりと高部邸にて休んでゆったり唄わせてもらって、それから結構若い地域の人達と打ち上げを楽しみ、夜はシーンとした高部邸の和室に御世話になり、翌日、お母さんの手作りのお味噌で和えた畑のキューリや梅干や自家米をいただいて、それでも帰りには「吉田饂飩」〜これはなかなかウドンと表現するには難しいくらい個性のある麺でその吉田うどんの有名店(美味しいところ)で〆て帰るというのがパターンになっていた。
今回は、いつも聴きに来てくれている写真やさんの伊藤さんのお店が素敵なスタジオになったということで、まずそのスタジオで昼間のライヴ。女性に優しい時間帯。明るいスタジオ。短めででもいいよと言われたけれど、やっぱり2時間近く唄わせてもらい、終わったのは6時近く。この場所は、素敵なソファやテーブルがあって、コーヒーも美味しくて、近所の人がひょっこり立ち寄れるサロンみたいになっている感じがした。地元に育った人がお嫁さんを連れてきて故郷で頑張って、楽しんで、、、お嫁さんたちもこれがみんな元気で明るい!!いろいろ苦労は絶えないはずだけれど、仲良しを沢山つくることは大切なことだ。邦ちゃんもそういう仲間の中心的存在でこの地域で頑張っている。
伊藤家のママがちゃちゃっとパスタやレタス巻きを作ってくださる。子供たちもやってきて今夜の晩御飯になる。ご馳走様!韓国味噌の話になったかと思うとフェァリーカード(占いカードのひとつ、私はこれ好き、前向きで)のはなしに飛んで行くお嫁さんパワーも大好き。

さて今回は凄いのだ、夜の部があり、それは街中のBar「アクアヴィータ」
このお店も隠れ家のようにビルの一番奥にあるのだけれど、木の床が気持ちよい。小さなお店一杯にお客さん。なかなか静か。。。でも最後は「Yhey」やった!音楽が好きな人が集まってくれた。企画をお願いして自分が行くのは簡単なことだけれど、お客さんを集めるのは並大抵のことではないのだ。そういう苦労をしてくださる方が無かったら私など旅は出来ないし、やったとしても悲惨な夜の連続だ。なかには義理で来てくださる方もあるだろう、、でもそれこそ呼んでいる人は気を遣わねばならない。
今回の一日二回の都留のライヴは、高部さんが自分で納得する人たちに声をかけてくれているのがわかった。
そういうライヴは後味がよいのだ。感謝だ。

翌日、大月駅で高部さんと電車がくるまでお茶をいただき「吉田さん、アリガトウの反対語なんだと思う?」  単語と考えるとなにになる?
「あのね、アタリマエ」 本当だほんとう。そうなんだよ。
世の中は「ありがとう」で出来ている。

たった一日一晩だけの旅行は、さりげなく優しい働き者の人達との時間だった。

中央線に乗ると、すぐに電車がとまった。小金井のあたりで人身事故だという。1時間遅れで新宿に着く。こういう事故がアタリマエの都会のホームに降りて、夜にうたわせてもらう巣鴨に向う。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

予備校にて唄い、そして京都の奥深さは路地裏に続く

河合塾という全国展開している予備校の京都校の特別授業で唄わせてもらった。
生徒さんたちには受験勉強の時間じゃないわけだから土曜日の夕方にわざわざ唄を聴きに、それも今時の流行のアーティストならともかくも、名も知れぬ自分の親より年取っているオバサンの唄,、、どんなことになるやら、、、。
しかしそれでも10人以上の若者と、昔若者のだった方々が同じくらい集まってくださり、一時間半の「授業」が始まった。
不思議なもので、教壇に立っているとそんな経験が無くてもなんとなく「センセイ」みたいな気分になってくる、、、コワイコワイ、、「センセイ」にはならないぞ!選曲は普段より硬かったかな、、でもいつもどおりにお喋りもした。ちょうど画家の春日hるなさんから彼女のブログ日記が届いて、その中の「青年」という詩と「広い島」というのも朗読させてもらった。
私が彼等の歳の頃には、50過ぎてギター抱えて唄って喋ってくれる人はいなかった。ちょっと年上にちょっと自分よりも音楽や文学や社会のことを知っているお兄さんやお姉さんがいてそういう人たちが何処其処にくると知れば、家に内緒で遠い道のりかけてコンサート行ったり、喫茶店でそういう人たちの話聞いたりして帰りにレコード屋で教えてもらったばかりの歌い手のレコード買って、古本屋でよくもわからないけれど本も探した。
40年も経つとこんな世の中になるなんて考えてもいなかった。この日来てくれた彼等はそれでも静かに唄を聴いてくれた、はるなさんの詩も聴いてくれた。お金はないところは私たちのあの時代と同じだ、CDを買ってくれはしなかったけれど、話しかけてくれた青年達がいた。来年は東京の大学に行くからまた会おうとか、ローザ・パークスの話をしてくれた女の子もいて、それだけでも嬉しかった。アンケートには殆どの学生達が「日頃、勉強だけの生活でライヴなんて 暇もなかったから息抜きが出来て嬉しかった」という内容。
やっぱり沢山ではなかったけれど良かった。企画してくださった佐々木さんと応援してくださった皆さんありがとう。
佐々木さんとは同い年で、そういう意味ではいわゆる、ちょっと遅れてきた世代としてずっと青春時代から今までその位置を頂いて(世間から?)きて、あの時のお兄さんお姐さん達が続々と還暦、退職、とかいう時代がやってきて、
それこそ、昔は手の届かない存在だったような人達ともあまり年齢のこだわりなく会ったり出来るようになって、面白い。
私にとって古川豪さんというアーティストもそういうお兄さんの存在で、しかもレコードでしか知らないお会いしたことも、生の演奏も聴いたことのない人と一緒のライヴを佐々木さんが翌日、蛸薬師の路地裏のファルーカでやってくださった。
豪さんはバンジョーを弾かれることは知っていたし、好きな曲もあたったけれど、やっぱり本物にお会いするのは嬉しい。昔はツアーもされていたようだけれども、家族のことや、いろいろな考えがあって今はそれほど活動をされていないらしが、滑らかな声で市井の人達のことを歌う「フォーク」の人だ。
そしてバンッジョーのストラミングの美しいこと!これは人前でやっていなくても、日頃触っていなければ出ない音色じゃかいかと思う。滑らかで唄のストーリーに寄り添っていて、商店街の福引の唄も味噌やの唄も紙芝居みているようだ。
京都から帰宅すると早々にメールを頂いた。また何処かでゆったりとご一緒させてもらいたいな。
ファルーカには遠くからも沢山お客さん来てくださった。ありがたい、お店のビールもなくなりそうだった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年06月27日

時間の使い方

去年の6月は「地球に似た惑星にいるあなたに」が出来上がり、それを持って
四国ツアーがあり、そして東京でコンサートがあった。忙しかったし、お客さんに来てもらえるかどうか毎日いろんなことをしていた。沢山の人達が応援してくださって、それからの一年は思い返してみるとあっというまだったような、遠い昔に起こった事だったような、時間がそのときそのときでゴムひもみたいに伸び縮みするみたいな感覚。
新しいアルバムの録音が始まった。
リハーサル、バンドのメンバーは近藤達郎さん(だいちゃん)今回はオペレーターも音作りもしてもらう。ベースは松永孝義さん、だいちゃんとはもう長い関係だからやっぱり話がスムーズでリラックスした空気になる。ドラムスは
永原元ちゃん、今回のバンドでの曲は4曲の予定で、その中のメイン曲に出来た時からツアーでつきあってくれた元ちゃん、いつもはジャンベだが、私は彼のドラムを叩くところを見るのも好きだし、もっと叩いてほしいからお願いした。
だいちゃんが監督であるけれども、最終決定は私。
自分に言い聞かせる。「気持ちよく、気持ちよく」 今までやってきた録音制作で学んだこと、失敗したこと、全部無駄にならぬよう。。。。

「She Said NO!」「今夜彼女は台所を棄てた」「どんなに遠くを」
「Cheek to Cheek」 どれも近藤宅のスタジオ・スネイルシェルにてみんなで「せーの!」の同時録音。スタジオはピアノとドラムセットでいっぱいで、私はスタジオの外の和室で唄うのだ。だいちゃんはこの録音のためによるを徹して和室とスタジオにスペースをつくってくれた。
本番は、やっぱり私が間違えるたびにやり直し。でもみんな私の唄とギターをちゃんと聴いていてくれるから、歌詞も理解してくれるから、「今の良かったよ」「そのまま続けてみたら」と和室に一人の私にヘッドフォンごしに声かけしてくれる。声かけは大切だ。安心をもらえる。
そうやって、二日間、短時間にて4曲のおおまかな録音は完成。
これから一ヶ月ツアーがあり、これらは少し寝かされる(熟成しているだろうか)そして、7月後半には、弾き語りが予定では7曲。今までではじめての
シンプルな録音、しかし難しい。
弾き語りほど難しいものはないと、最近特に感じる。

早起きが身についた。もちろん昼寝するときもあるけれど、休みの日は早寝もしている。
これからの季節はやっぱり朝のコーヒーと夕方のビール。
禁煙おかげさまで続いていて、「禁」というあまり嬉しくない感覚からだいぶ遠ざかってきた感じ。
空腹で眼が覚める。
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2009年06月26日

高知に二日間は面白い

今回は、福岡茉莉さんという女性がいろいろ考えてくださりセッティングしてくださった。
一日目は「歌小屋の二階」そう、矢野絢子さんの歌を聴きたいし会って見たいと思っていたので楽しみだった。茉莉さんが無理に私をこの日に入れてくれたので本当は絢子さんと島崎文香さんというバイオリンを弾く女性の二人のステージだったのに長い夜になってしまった。矢野絢子さんはどんどん変化をしていく人のようで、私はそういうのがとても好きで、まだまだこれからどうなっていくのか凄く楽しみだなぁと思い、バイオリンの文香さんもこの場所で無ければできないストーリーがバイオリンを弾いている、、そういう二人のお芝居唄を聴かせてもらい、彼女らの母親のような年齢の私は、いつもと同じように
この夜も新鮮な気持ちで初めての場所で唄わせてもらい、気がつけば夜中近く。
ホテルに直行。
ホテルのロビーにポスターが貼ってあって、ハンバート・ハンバートが高知の牧野植物園の中の施設で唄うという。こういう偶然はよくあるのだけれど、大体時間帯が一緒だから会えることは少ない。でも彼等は昼、私は翌日ノパラダイムは夜。ハンバートのベイビー太陽くんにもまだ会っていないから、高須賀満さんに連れて行ってもらって牧野植物園まで。広い園内、これでもかというくらいどの植物にも名札がついていて親切だ。
ハンバート&ベイビー君は相変わらずのゆったりした空気の中で本番前を過ごしていた。しばしベイビーと遊ぶ。子連れツアーの大変さも聞いた。でもこんな素敵な時間ないのだもの♪ ありがとう未来の宝物に触らせてもらえて♪

夕方、パラダイムにて高須賀さんと私とリハーサル。満席予約だということで
茉莉さんはじめ、他にも女性スタッフが二人。ご苦労様です。
ツアー最後の夜だもの、おもいっきりいきましょう!
高須賀満さんの唄が好きだ。私より少しお兄さんであるけれど、初めてお会いした時より若くなっているような気がしてならない。楽しそうなのだ。
思わず「恋してますか?」と聴いてしまった。
岡山の尾崎さん達、高松の佐藤さんや武田さん、三崎の中村さんや貞ジイさんや山本さん中西さんや阿部さん、少しずつ年齢は違うけれど、みんな始めてあったときより若返っているような気がする。実際にそうなのだ。ヘッセの言うとおり。
私もこの夜は沢山唄わせてもらい、やっぱり南国のノリは良く、スタッフの皆さんも、お店のマスター&ママも一生懸命してくださり、なんといっても茉莉さんすべて完璧に仕切ってくださり、打ち上げ場所も休業日なのに開けてもらって賑やかな高知!またやりましょう!

翌日、茉莉さんが昼食をご馳走してくださる。最後くらいと思ったけれど、甘えさせてもらった。
空港まで車で、、お互いの生活の話などもしながら、、。
そして、お別れはやっぱり車を降りたところまで。これだけは私のお願い。
楽しければ楽しいほど、寂しくなるから。ありがとう!
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休養という仕事

松山の翌朝、三崎組はそれぞれ帰宅。私も便乗して三日間ゆっくりさせてもらうことにした。
あいにく天気も良くなかったので常宿にさせていただいている「松田旅館」で
ゆっくり昼寝やら、東京に帰ってからの録音の為の歌詞や譜面のおさらいをしたりしていた。松田旅館は今はもう旅館としてはあまり人は泊めないらしい。
お母さんもお歳だし、、、しかしだ!何故私がこの旅館にコダワルカ?というとそれはただひとつ!シーツと浴衣の糊の利かせ方が半端ではないのだ。浴衣はそのまま立ってしまいそうなくらい。大袈裟ではない。そしていつかお母さんに「糊、気持ちよいです」と言ったら「残ったご飯、もったいないでしょあれ使ってるんですわ」と言う話、以前にも書いたかしら、、、でも何度でも書きたい。
いつも御世話になっている中村さんと娘さんと近くの温泉に連れていってもらい、早々と就寝。畳の部屋がいい!疲れが吹き飛ぶ!

翌日は、ご恩返しのつもりで、去年も行かせてもらった「県立三崎高校」の音楽の時間におじゃました。体育祭の準備でみんな忙しそうで、もう少し時間があったら面白かったけれど、それでもみんな一生懸命Fのコードに挑戦していた。選曲はアメイジンググレイス。来年はなんでも学校60周年だそうで、そのときは絶対に行かせてもらえたらいいなぁ、、。この三崎という場所を最初に紹介してくれたのは自分達の故郷だからと言ってくれた「サスケ」の二人。
だからみんなで来れたらいいなぁ、、。
この夜は、佐田三崎フォーク連盟オジサンたちと和馬も加わって、中村さん宅にてご馳走をいただく。メインディッシュは採れたてサザエだ!山盛り!
阿部親子が息を止めて潜って採ってきたものだ。身がつまりに詰まっている。
サザエだけでお腹が一杯!
中村宅にはとんでもなく大きなテレビモニターがあって、それで私の虹の根っこを観た。やっぱりDVDもこういう音響と画像で見てはじめてわかることがある。勉強になった。そしてDVDのなかでギターを弾いている萩原信義さんを中村さんが見て、私がノブさんの説明をしていたら、淺川マキさんのLPを出してきて、昔中村さんが一生懸命ノブサンノギターをコピーしていたことを話してくれた。あぁ、ノブさんも来れたらいいなぁ、、。ノブさんならいい人だからサザエ一個でも感動するなぁ、、。

最後の一日は、勝手に町をウロウロ、部屋でゴロゴロ。勝手にさせてもらえる贅沢に感謝。
三崎のみなさん本当にお邪魔様でした。

さぁ、翌日は高知。なんでも電車を乗り継ぐと5時間かかるらしい。朝一番のバス(一日3本しかない)に乗って松山から高速バスがいいと聞いてそう決めていた。しかしだ!やっぱり四国!何があるかわからないものだ!
なんと、高知の学校に行っている息子さんに食料を届けに行く人がいるという、それも阿部父さんの同級生だという。朝8時に立派なワゴン。なんということだ、どうも二人ともかなりの遊び仲間だったらしく、運転席と助手席の会話はとぎれることなく、私はうつらうつらとしているうちに昼前に高知のはりまや橋のホテルの前に運んでもらっていた。
幸せな休日と真心、どんなに元気になったでしょう♪
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

松山ジャック

高松が間には言ってしまった形でまた愛媛に戻る。
河野美賀ちゃんから連絡があって、早めに松山で落ち合うことに。というか美賀ちゃんは今治在住だから同じ電車で落ち合うのだ。
彼女は眼が不自由であるのだけれど、非常に自由にあちこち凄まじいスピードでエネルギッシュに動いている。感性は360度五体プラス心の眼で出来ている。去年朝早い私たちを今治駅で待っていてくれて、ハムカツサンド(絶品)を私と永原元ちゃんに食べさせてくれた。考えられない発想と愛情だ。
今回も私の体を心配して、本業であるマッサージを本番前にやってくださった。お土産にホテルで飲めるようにとインスタントコーヒーも持ってきてくれた。
唄わせて貰う場所は「カラフル」元「児雷也」のマスターのノブさんが今年亡くなって、そのあとを継ぐようなかたちでスタッフの人たちが頑張っているようだ。
ここを紹介してくださったのは、三崎〜そう、愛媛の西の細長〜い岬の皆さん。なんとお客さんの8割が三崎関係者で埋め尽くされてしまった。車で2時間半以上はかかる。でも松山に遠足みたいに楽しみに来てくださった。
この夜の共演者は、三崎で友達になった阿部和馬くん19歳だ。
彼に会ったのは三崎でライヴをした打ち上げで、オジサンたち(佐田崎フォーク連盟という由緒正しい組織があるのだけれど)に「和馬歌わんか」といわれて唄ったのが、加川良さんの「知らないでしょう」だった。選曲も驚いた、だって高校生で? なんでもお父さんから教えてもらったのだそうだ。私も好きな唄だったし。なんといっても彼の声が良い。リズムもさすが21世紀の子だ!で、必ず和馬と一緒に唄う約束をして、そしてやっぱりオリジナルを創ってね、、と言ってから二年経った。
びっくりした!この夜はたった3曲の持ち時間だったけれど、二曲のオリジナル素晴らしかった。伊方町からやってきた山本さんの奥さんなんかお母さんみたいに涙ぐんでいた。でもわかるな。
和馬のお父さんは漁師で、和馬も三崎の殆どの子供達が都会の大学や仕事に行くのに高校卒業してそのままお父さんと一緒に漁に出ている。タフなシンガーソングライターだ。
不良になりたくてもなれないような環境で精一杯の秘密のアソビが学校が終わってから友達と自転車で登っていく町で一番高い山で暗くなるまではしゃぐこと、、、、、そのままが一曲の歌になっていた。
それはどんなに時代が変わっても色褪せない、愛媛の突端の町のスタンダードになるなぁ、、と思った。
終わってから、みんなで松山の繁華街を歩いた。コンビニもない三崎から松山ジャックしたみたいに楽しかった。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

高松うどんにはじまりうどんで〆た

6月7日、松山駅からJRで2時間半。海沿いを走る。久々にこの電車で高松に行く。
真夏のように暑い日曜日。
グランドファーザーズは大好きなBarで以前は別の場所にあったのだけれど、今はオリーブホールというかなり大きなイベント会場に隣接している。
この店のどこが良いって、流れてくるレコードやCDの選曲が絶品!そしてギネス。一枚のアルバムをかけっぱなしになんかしない。マスターの武田さんはお客さんの顔をみては曲をすっと変える。バーテンダーなのに素晴らしいDJなのだ。素晴らしいバーテンダーだから素晴らしいDJなのだ。
良い音で唄わせてもらった。ギターショップHitsの佐藤さんがいつもお世話してくださるが、今回は日曜日でお客さんは少なかった。それでも頑張ってホールを武田さんたちと運営している。高松のこのホールにニール・ヤングを呼べたらやめるそうだ。佐藤さんらしいな。でもはじめて聴いてくださる人、毎回来てくれる人、皆さんありがとう!また来年!
そしてこの日結婚記念日だというカップルの為にひっそりとアフターステージで一曲「生命の河」25年も連れ添っているという、、、う〜んえらいな〜
私のように一人ばかりが長い人間には、そういうことを今からしろと言われても出来るだろうか?修行にちかいかもしれない、、、やってみる価値はあるかもしれない、、、まだ時ではないのだな????

ともあれ、おやつに饂飩、お昼に饂飩、そして翌々日松山に戻る前に駅のホームのスタンドで饂飩。
 美味しゅうございました♪
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愛媛 伊予市から宇和島

伊予市の駅に道の駅がある。「町屋」となづけられている。
G−FACTRYというギターショップで唄わせて貰った時にお客さんで来てくださった女性がその町屋を運営している人達の一人だったのがきっかけだった。もう、これで3回目。はじめは炎天下の中、立ち止まる人もまばらで、でもそれはストリートの感覚で面白かった。何よりも重松さんと上のさんという女性の働きぶりが素晴らしく、地物の野菜、魚、食材、生き生きとした場所を切り盛りしている。
去年はタイコの元ちゃんと一緒で、そのときに「なだそうそう」をリクエストされて、歌いだしとサビしか知らないのに唄いきってしまい、元ちゃんが笑っていたけれど、あぁいういいかげんはやめようと誓った場所でもある。
今回はフリーマーケット開催中で、今までで一番お客さんがちゃんと聴いていてくださり、私もとにかく日本全国其処此処で唄わせて貰っているけれど
道の駅は此処だけという大切な場所であるので嬉しかった。
もちろん唄い終わってからはフリマで物色物色、値切る値切る。しかし持って歩けないから宅配代のほうが高い、、でも良いのだ、旅に出ると必ずこうして服を仕入れる。値段は秘密。

岡山の尾崎さんたちと入れ替わるように、宇和島から亀田さんという女性が車で町屋に来てくださっていた。
そう、この夜は宇和島で唄わせて貰う。はじめてなのだ宇和島。だからどういうライヴなのか亀田さんからいろいろ聴いていたけれど、やっぱり行ってみなければわからない。「カフェペペ」という結構広い喫茶店。月に二回いろいろな人達が集まってフリーライヴをやっている。そこに私も入れてもらうことになった。出演者は沢山でいつもは夕方から深夜までだそうなのだが、私は深夜は弱いので、なんとか9時半くらいからにしてもらった。
オリジナルを唄う人達、ギターのインストをする兄弟(ハンサム)、それから偶然、私の大好きな三崎の人達のお知り合いで一昨年忘年会で一緒になったミミさんという女性もいて、しかしその人と挨拶はしたものの、何処で会ったのかが思い出せなく、なんと自分のステージで唄っている時に間奏を弾いている瞬間に、ミミさんがその三崎の忘年会でキムチ鍋を作っていた姿を思い出してしまった。唄いながらキムチ鍋を頭に浮かべたのは初めてのことだ。
亀田さんが気を使ってくださり、出来ればまた機会を、、とマスターも言ってくださった。それぞれが気楽に、でも必ず新しいことに挑戦していくライヴだ。プロのよしださんが、、と何度も言われたけれど、私は反対にこうして場所を提供する人、PAをする人、新曲をひっさげて楽しむ人、その中の一人で唄わせてもらって気分が良かったから、フリーでも嬉しいし、それがまた新しい関係をつくっていければ良いので、「プロという言葉は今夜はやめましょう、自分で決めればいいので」というようなことを話した。
亀田さんには翌日、なんと車で松山まで送ってもらい、後日あのフリマの戦利品の宅配をお願いしたらば、一緒に彼女の手作りの姫座布団が入っていた。彼女の実家は布団やさんなのだ。お母さんも明るい方だった。
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禁酒會館という

なんとストィックな名前。。。。岡山にある。旧い旧い佇まい。1階はカフェになっていてカレーが名物。大正12年に建てられ空襲も奇跡的にまぬがれて今に至っているそうな。なんでも大正初期に世の中が不安定不景気になってお酒に走る人達の為に断酒運動の拠点になっていたそうだ。今でも酒害の相談を行っているNPOの集まりもあるそうだ。この建物の二階の小さなホールで毎月コンサートをされ続けているのが、尾崎ツトムさんだ。今回で112回!
アメニモマケズ、カゼニモマケズ、そして集客数にもマケズ、やり続けていらっしゃる。殆ど毎回素晴らしいゲストがあるし、オザキユニットでオザキさんはメインヴォーカルで必ず唄われる。私は今回で二回目。「毎年ではお互いに新鮮でなくなるから2年後くらいに、、」とそんなことをお話していたけれど
前回は2006年の12月だった。岡山近辺にはかなり何度も来ているからそんな長い時間を感じなかったし、尾崎さんやユニットのギタリスト黒瀬さんや、そのまわりの沢山のお友達の方々ともいろんなところで逢っていたからだとおもう。
今回はなんだかはじめに尾崎さんが私のことをいっぱい褒めて下さって、そういうのは嬉しいのだけれど、なんとなく唄う前だとちょっと気負ってしまうんだな、、。あ〜こういうのヘイチャラでいたいんだけれどな、、。だって褒めてもらうのは良いことなんだからな。。。
そう、ちょっと硬い感じで始まってしまったけれど、このコンサートのお客さんはみんな素敵に耳を傾けてくださるから、おかげさまで良い時間がだんだんと出来上がってきた感じだった。前回と同じように「てけてく」という天然酵母のパンやさんの勝部さんがパンとコーヒーを持ってきて、私も赤ん坊の頭くらいの大きさのレーズンパンを買って本番前にかじっていたが、このパンはその後私と共にずっとステージ前の非常食となって一週間付き合ってくれたのだけれど、凄いパワーのパンだった。
ステージが終わり、撤収もすばやい。そして二次会。
禁酒會館では出来ない打ち上げ。前回も連れていっていただいた鰻がメインのお店なのだけれど、鰻は食べない。高級な鰻らしい。そうしたらマスターが
「このグループはいつも此処に来て鰻を頼まない」というので、私が白いご飯にタレだけかけて食べてみたいです(昔、子供に今夜は鰻だよと言ってこうしていたのだ)とお願いしたら、なんと本物の肉厚のウナギの白焼きがドサっと出てきてしまった。皆さんに散財かけてしまった、、、。ごちそうさまでした。
翌日は四国の愛媛の伊予市に渡らなくてはならないので早めにお開きになったのだが、その翌日愛媛まで尾崎語夫妻が車で送ってくださるという。
土曜日だから瀬戸大橋もしまなみ海道も¥1000だし、、と。ありがたいけれど申し訳ないと言ったら、しまなみ海道渡ってみたいから、、というなんとも豊かな理由。翌朝は尾崎さんのお姉さんまでご一緒で、まずは瀬戸大橋を渡る。瀬戸大橋はフェンスが続いていて絶景ではないけれど、やっぱり本州から四国に渡る感覚はいつも特別な気持ちになる。ドライヴはノンビリと楽しかった、、で終わらないところがヤッパリだ!四国に行くと必ず何か起こるのだ。
そのことは忘れてはいなかったけれど、実は私たちは大変な忘れ物をしていたのだ。私のツアー用のCDの詰まったダンボールが尾崎邸の玄関先に置かれているようなのだ。もうすぐそこは伊予市。どうやっても間に合わない!が!
私のCD達は気がついてから数十分でなんとベンツに乗って瀬戸大橋を渡り、私が伊予市町屋で唄い終わる寸前に届いたのだ。届けてくださったのはいつもフォークジャンボリーや禁酒會館ライヴでお客さんなのにいろいろ働いている住友さんだ。なんという大掛かりな四国参りになってしまったのか、、。
「町屋で唄うのまでお付き合いは結構ですよ」なんて尾崎さんに言っておきながら結局PAまでセッティングしてもらって、奥さんもお姉さんもずっとお客さんになってもらって、最後は笑顔で住友さんが「よかったよかった」と言ってすぐにまた岡山に帰られて。
御世話になりっぱなし〜でスタートをした6月のツアー初日から翌日までの顛末。
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