2009年04月28日

飯田「ふぉの」

中津川の三日目の朝、それぞれがホテルからそれぞれの場所にと解散していく。
たぐちおさむさんが私を飯田まで送ってくださる。車だと4〜50分なのだという。
たぐちさんと車の中でいろいろな話をしていて、たぐちさんが出版しようとしてもうすぐ完成する、オキナワの片手の三線弾きの金城繁さんのCDブックのことも聞いた。
旅終わって昨日、その完成品が家に届けられた。まだお礼を言っていない。もう少しちゃんと読んで、観てから。
さておき、たぐちさんと飯田でお茶を飲み、お別れをして。
飯田の町を歩きながら、35年前、ピピ&コットでやってきて、泊まった旅館、もうやっていないんだ。高速のインターが出来てから飯田の駅周辺は寂しくなったようだ。
しかし「ふぉの」は頑張っている。今でも素晴らしいアーティストがやってくる。確かにお客さんはいつも一杯じゃないけれど、音楽が大好き、自分も歌う、プレイする人たちが根強くいる。
だからこそ、昔、私たちもこの飯田に来られたのだ。
マスターの小島さんは平常心の人だ。お酒も飲まない。でも善い音を作ってくれる。というかあまり音をいじっていないんだな。自然。
ポスターを作ってくださった中山さんが声をかけてくださり楽しい人たちが集まってくださった。もちろん35年前に私たちを呼んでくださった方も来てくださったし、名前は気になっていたけれど、やっと聴けてよかった、という女性の方もいて嬉しい。
2時間唄って、ちょこっと地味な打ち上げ。ふぉのの打ち上げも好きだ。マスターの漬けた漬物とかね。最後の合言葉はみんなで長生きしようだった!
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

We are stardust We are golden ♪

中津川という地名を耳にするとその後に「フォークジャンボリー」という言葉がついてくるくらい、その時代に生きてきた人たちの一人である私。当時高校1年生だった私。あれから40年が過ぎて、一度も足を向けたことのない場所
「中津川」に新宿からバスに乗り出掛けた。
ピースジャンボリーという名前のコンサート。テーマは「FOLK」は
「PEACE」へと変化するという実行委員会からのメッセージだった。
「Folk」とは民衆。民衆が汗水流して働いて世界の経済があるのに、「Peace」とは真反対の戦争のために大事な民衆そのものとその汗と血でつくりあげた暮らしも大地も悲鳴をあげている。

このコンサートの中心になっていたのは、地元に住み、そして72歳になられても精力的に全国を廻ってまた地元で地域活動をしている笠木透さんと雑花塾の皆さんだ。
前日に会場に入り、夕方からいるひちたちのリハーサル。笠木さんは私の新曲でローザ・パークスのことを唄ったうたを聴いていたようで、楽屋に帰ってから、「いいね、でも日本には彼女のことをよく知らない人もいるから、もう一箇所くらいフルネームでローザ・パークスといれたら?」と声をかけてくださる。こういうイベントのようなところでそんなふうにアドバイスをしてくれる先輩はなかなかいないと思う。
小さな世界だ、それもフォークシンガーたちの世界。人の噂や悪口は聞いても
これからの人たちを育てようという人たちが増えていかなければ本当の
「FOLK」でもなければ{PEACE」でもないわけで、それ以上の会話をしたわけではなかったが、笠木さんの優しいお節介に感謝したし尊敬もした。

当日には、地元のダンス、土着民、が夢土下座というバンドの方々(名前だけ知っていました)田中三と言う方の朗読。
そして久々に会うパギヤンこと趙博さん、三上寛さん、素晴らしいパフォーマンスで笑って元気にしてくれた松元ヒロさん、またなんと40年ぶりにステージを生でみる高石ともやさん(お元気だったな、走っていたよ)
そしてまた地元の子供達とお母さんの合唱。
5時間のコンサート、私は殆ど舞台のソデで聴かせてもらい、それぞれのメッセージに込められた「平和、シアワセ」へのオモイに胸打たれたり、力強いステージングにあらためて感動したりで朝から夜までたっぷりとたのしませてもらい、外に出ると、山の湿った空気が心地よく、声をかけてくださった責任者のたぐちおさむさんにも心から感謝した。

打ち上げの2次会は、出演者の数人と、岡山から車でやってきた尾崎ツトムさんご一行(お元気!)山口の伊保木の上田さん、それぞれが、一言一言何か話すのだけれども、どういうものか、私はこういうときに話したいことをポロっと忘れて、なんだかおかしなことを話すことが多い。でも話は短いに越したことがなく、やっぱり「ありがとうございました」なのだ。

21世紀になって、そう、1960年、70年代にはなかったはじめての現象がこれだ、ギターを持って唄い続けている50,60,70歳代の少年少女たちだ。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

神戸の温かさ

今回のツアーの最終日は4月12日、神戸のまっちゃんライヴ。舞子のコズミック。
まっちゃんこと松本さんとは、5年前敦賀の南志郎さんの主催する「ひつじカンパニー」のライヴにやってきた眞城佳奈さんつながりで出遭うことになった。初めてあったのは「春一番コンサート」の芝生でかな、、。
それから、沢山お世話になった。フォークジャンボリーでは無理なお願いも聞いてくれた。まっちゃんや沢山の素敵な人たちが神戸の音楽シーンを支えている。震災前の神戸をよくは知らない私は、その後の神戸に通うにつれて、同じ関西でもまた違う空気をこの兵庫県の街に感じてきた。
港町というのは、それだけで特別な文化があると思う。私の住む神奈川も港横浜があって、やっぱりそこは自由の香がする。
まっちゃんは自分の好きなミュージッシャンのライヴを無理のないペースで淡々と、しかし100回以上やり続けている。
コズミックでやらせてもらうのは二回目。美味しいご飯もあるし、マスター夫妻もミュージッシャンだ。
今回は八巻くんにも唄ってもらうことにした。彼はずっと忙しく仕事をしていたので、練習する暇もないと言っていたけれど、やっぱり本番は関西魂だった。特にハーモニカの音は会うごとに素敵になっている。
私も、これが千秋楽だ〜〜〜とばかりに2ステージ20曲唄わせてもらう。拍手の厚みを感じながら、この温かさはやはり、震災という出来事から産まれた一体感のひとつなのかなと感じる。
打ち上げは美味しいご馳走でいっぱい。みんな楽しんでいる。でもひどく騒ぐ人がいるわけでもなく、次の日はみんな仕事。
余ってしまったご馳走はそれぞれパックに入れて持ち帰る。さりげないけれど大切な心根だな。
港町が培ったセンスと辛かったときを乗り越えた強さがこういう後味に良い夜に繋がっているのかもしれない。。。。
善い人たちに出会えることは幸福だ。

長いツアーだったけれど、ひとつひとつの出来事は写真よりも鮮明に私の心に焼き付けた。
  みなさん、ありがとう♪
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

大阪のエネルギー

新大阪に八巻くん、通称わんちゃんが迎えに来てくれた。八巻夫妻の家は新大阪からすぐなのだ。なんと便利な、、、というわけでこの数年大阪というとこの八巻宅にお世話になっている。共働きで忙しいのに、本当に申し訳ないほど好きにさせてもらっている。奥さんの薫さんは私がいるだけで厄介だろうに、ライヴにまでお客さんで来てくれる。
到着の日はOFFなので、三人で近所の居酒屋でゴハン。お目当てのドテ焼きが品切れだったけれど、安い!安いのに旨いのは文句なしに嬉しい。
夫婦の会話はやっぱり関西だなぁ、、と思う。テンポがいいな。私がひとつ話しておるうちに、話題がもう転換している。そうでなくても私はゆっくりしか喋れないのだから。。。

翌日は、久々のヒポポタマス。店に行く前に萌のママから聞いた「ながいようさんが骨折して入院している」の情報を確認(本人に電話したらすぐ近くの病院だった)八巻くんとお見舞い。
顔色はとってもよく、そりゃお酒も飲んでないし、規則正しい生活。でもやはり早く退院したいだろうなぁ、、。こういう歳になってからの骨折は辛いと思う。お見舞いに懐かしき「ルービックキューブ」をプレゼント。いつごろ流行ったかも忘れたけれど、私は一面すら一色に出来なかった。八巻くんはすごい速さで前面綺麗に揃えられる。ながいさんも退院とルービックキューブ完成とどちらが早いかな。

ヒポポタマスに行くと、店先にホットドッグの出店が出来ていた。さっちゃんという女の子が仕切っている。そしてステージにはなんともレトロなアンプ!
ヒポポ大王の手作り。ほんの少し前まではミシンで洋服つくっていた大王、じっとしてないんだな〜いつまでも少年。
去年は宮崎勝之さんとのジョイントで、私が宮崎さんのマンドリンに必死にギターで挑戦?している映像はYOU TUBEで今でも流れている。。。。
観るたびに冷や汗だ。
ヒポポタマスがまだ今の場所に引っ越す前に、そう、だから京都のアコシャンの次に行ったのが始まりだった。あの時は凄く緊張していたな〜
一年に一度でもそういう場所(原点みたいな)で唄わせてもらうのは修行だな。
お客さんも変わっていくけれど、最初から聴いている人もいる。途中から毎回聴いている人もいる。
毎回、新鮮な気持ちで、楽しんでもらえるようにと祈ってステージに立つ。
客席はライトであまりよく見えないのだけれど、一曲ごとに頂く拍手と気配が
すぐに伝わる不思議な場所のひとつ。

平田ママが、恒例のキムチとチジミを差し入れてくださり、あっというまに反省会でみんなが平らげた。ビールおかわりに貢献したなぁ。

帰りは、途中で銭湯に寄ってさっぱりと。わんちゃん運転ありがとうね。

翌日は枚方で夕方早い時間からのライヴ。というか「チャリティー・コンサート」枚方市の野村いくよさんが主催して、収益金の一部をペシャワール会に寄付するというコンサートで唄わせてもらえることになった。
野村珊瑚夫妻とは去年、平田ママの紹介でお会いして、お洒落なイタリアンレストランで唄わせてもらった。
今回は、地元の教職員組合の建物の中の一室。全て手作り。でもみんな楽しそうに準備をしていて気持ちが良い。
野村さんは今は枚方市の市議であるけれど、その前は教師をしていらしたという。選挙は必ず4年に一回は来るわけで、それはそれは大変な毎日の積み重ねだと思う。
私のような、名も知れぬ唄うたいを敢えて呼んでくださり、そして日曜日の夕方にささやかなコンサートを開くという心の豊かさは、見習うべきものだと思った。野村さんの笑顔も豊かな笑顔だ。
打ち上げは陰で活躍したスタッフの方々と。賑やか!政治の話など出ない、しかし庶民の話だ。
大阪のエネルギーは本当に元気にさせてもらえる。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記