2009年03月24日

三重の三日間が終わり

四日市に帰るじゅんこさんの車で桑名の駅で降ろしてもらう。改札まで送ってもらう。三重ツアーは小田原のジーズカフェのジョージさんが全部紹介してくださった。素晴らしいポスターも小田原のジーズのポスターを作っている人が用意してそれぞれの店に送ってくださった。
旅は一人で大変でしょう?聞かれるし実際体を壊しそうに何度もなったし、私のようなアバウトな人間が、よくこうして動ける陰には、往く先々にまるでマネージャーのようなことまでしてくれる人達がいて、また旅をしている間も遠くからスケジュールを見守っている人たちがいてくれるわけで、一人なんかじゃない、私の体とギターとダルシマの360度に誰かがいてくれる。

桑名から名古屋まで10分少し。地下鉄で高岳まで10分少し。しかしやっぱり都会名古屋。いろんな人にぶつかりそうになりながら地下鉄の改札まで上がっていくと、「ひまわり」のとおるさんが待っていてくれた。駅からはすぎうなのだけれど、嬉しいじゃない!!
「ひまわり」は開店して二年目にはいった。街中ではないからライヴがないときはなかなかお客さんが来ないと、とおるさんは言っていた。でもこういう時代だからこそ、必要な場所や人や、そして歌があるはずなんだ。
佐渡山豊さんの新しいアルバムを聴かせてもらいながらおにぎりを食べた。とても良いアルバムだ。よいものが今沢山あってほしい。

犬山の「ふう」の小川さんも来てくださった。それからMさん、そしてはじめてのお客さんをとおるさんが一生懸命呼んでくださった。
前回は台風でお客さんが来れなくなったりしたけれど、今回は日曜日の少しはやめの時間にしてよかった。

ステージで曲のタイトルをあまり言わなかったりしていたので、この夜はきちんと言うようにした。曲にまつわる話もした。いろいろなかたちがあるし、ステージによってはテンポがあったほうがよい時もあるけれど、やはり丁寧に説明すると優しい空気になる。

お酒を飲まない人が多くて、売り上げ協力できなかったなぁ、、。

新幹線の最終に間に合うように考えていたけれど、結構ながく唄っていた。

みんなが帰って、また地下鉄の駅までとおるさんに送ってもらい、改札から階段を注意深く降りて名古屋まで。

連休最後の最終列車は満員で、みんな疲れた顔をしている人達ばかりだった。
座れなくてもと覚悟していたけれど、ちょうど車両の後ろの席に空きがあった。電車の後ろの席はシートの後ろにギターが置ける最高の場所なのだ。
みんなビール飲んでいたけれど、新横浜で寝過ごしたらいけないから旅の間持っていたスタインベック短編集を読んでいた。スタインベックも旅の人だった。
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亀山の時間

じゅんこさんが亀山まで送ってくれると言う。三日間お世話になってしまう。
お彼岸の時はどこも道が渋滞している。30分足らずでいけるといわれたけれどやっぱり混んでいた。
景色が変わる。空気も冷たい。亀山の高台にある「月の庭」随分前から存在は知っていたけれど、なかなか行けなかった。行けないのには何か意味がある。そして行けるときにも意味がある。
先月、この「月の庭」のオーナーのまさるさんが亡くなったばかりだった。だからお会いすることもなく、どんなかただったかもわからずに、そういう時にやってきた。月の庭は表は乾物や体に良い食材や、お酒などを売っている。
オーナーのお父さんお母さん、そして奥さんや若いスタッフでお店をしている。奥さんのかおりさんは料理教室もやっているそうで、とにかくご挨拶して「大変な時に申し訳ありません」と言ったらば「もう落ち着いてきましたから」と丁寧に笑顔で答えてくださった。
奥にはレストラン「月の庭」がある。元気で笑顔が純粋な若者達が素晴らしく美味しいお料理を作っている。私達が着いた時も家族連れやいろいろな年代のお客さんが食べていた。
二階の間で唄うのだ。マイクはいらないと思った。気持ちよい響きだ。一緒に唄うのはまだ24歳の小川てつひろくん。唄うことが大好きなことがわかる。
彼が唄って、私が唄って、お客さんは若い人たちも多かったし、小さな人もいた。途中で眠っていたな。
私は亡くなったオーナーまさるさんのことを知らないけれど、うたっているうちになんとなく感じるエネルギーがあった。癌を発病してから4年間舞踏をやりつづけたという。この店もそういうエネルギーのある人がつくったから、集まってくるスタッフもそれぞれ素敵な夢を持って働いている。料理を食べればわかる。
てつひろ君とは、最後に私がダルシマを弾いて彼が「生活の柄」を唄った。この歌をこういうふうに誰かと二人だけで唄うのははじめてだった。

カリー河の筑田さんも、この店から独立した人だった。

打ち上げのお料理も玄米や美味しい野菜や黄金色に輝くお酒で若い人に囲まれて体も心もとても優しくなっていった。

じゅんこさんが車で昨夜も飲めなかったから、一緒に泊まらせてもらおうよと誘ってお酒一緒に飲めた。よかった。

宿舎はまた別にあって、小さい頃を思い出すような日本家屋だ。
じゅんこさんと、そんこに住んでいる健之助くんと炬燵で飲みなおしていたら、片づけを終わったみんなやてつひろくんが押し寄せてきて、ギターがあって、てつひろくんが唄いだす。子守唄みたいだ。私も数曲唄ってオヤスミナサイ。
翌朝、みんなは元気に厨房と店の中を動き回っていた。
ランチは見事なものだった。開店当初からあるという「キビナゲット」お漬物も沢庵なのにはじめて食べる味だった。
店長の加藤くんから聞いていた樹齢800年の銀杏の大木を見たくて、地図を描いてもらって、じゅんこさんに運転してもらって出かけることにした。
本当はもう数日ここにとどまりたいくらい気分が良かったのだけれど、これが私の旅。必ずまた時は来る。
みんなにサヨナラをして出発。
想像していた以上に銀杏の木はパワーがあった!もたれかかると暖かかった。
新しい緑の芽が一本生えていた。ずっしりと生きている!ずっと動かずに。
其処に行かねば会えないのだ。
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カレラという店

白子という場所は初めてだ。でも電車や車で通り過ぎている場所だ。
「カレラ」なんとなく聞いたような名前だけれど意味はわからなかった。
お店に着くと、そこには見慣れた人たちがいた。津にいていろいろなところで会うNクン、ガスリー、それから一緒にうたうのはハーベストという二人組みなのだけれど、このリーダー格のSさんとは松阪や四日市でお会いしていた。だからなんだか知っている店のような気持ちになってしまった。
それから、沖縄ではじめて会ってその後四日市で結婚して2年前には大きなおなかでやってきてくれたあいちゃんがだんなさまと娘の心(しん)ちゃんと顔をのぞかせてくれた。おなかに入っていたベイビーはもう二歳でおしゃべりをしていた。
カレラは小さな喫茶店でお酒もいつもは置いていないようで、5〜60年代の
とても渋いJAZZのレコードがかかっている。
そして猫が二匹!フワフワのヒマラヤンは名前がドルフィー、サックス奏者のエリック・ドルフィーからつけたのだそうだ、もう一匹は私と一緒に住んでいたチャタロウとそっくりで!嬉しかったな。それから淡い色の油絵が数枚飾ってあって、それはみんな此処の店の主、きょうこさんが描いたものだそうだ。
まだ30歳代のきょうこさんが朝早くからランチも凄い手際の早さで切り盛りしているのだ。カリー河とはまた違った人たちが集まってくださった。
津にある「ええかげん」といううたう場所のご主人夫妻も、そして四日市のじゅんこさんの職場の同僚の女性集団が沢山!若い人も、男性も嬉しいけれど、女の人に聴いてもらうのもとても嬉しいのだ。
はじめてきてくださった人たちにはやはり選曲もアルバムに入っている自作の唄を中心にしようと想うのだけれど、カレラのJAZZにも敬意を、、と旧いJAZZを一曲。でも久しぶりだったからコードを間違えてしまった。それもJAZZ!って言いながら〈笑)
女性軍にはKASABUTA。
賑やかな夜になった。
お酒はないお店だから、持ち込んでくださったビールや焼酎と焼きソバとおにぎりの打ち上げ。でも楽しかったな。
みんなが喋っている間に、きょうこさんは翌朝の仕込みをささっと済ましていた。
翌朝、いやお昼にじゅんこさんが車で迎えに来てくれた。お昼ごはんにもう一度カレラに行った。ランチにドライカレー、二日連続カレー。
カレラってどんな意味?ときょうこさんに聞いたら「ポルシェのカレラ」と。
あぁそうだった、そうだった、さすがに鈴鹿らしい。
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2009年03月19日

3月19日四日市

新幹線名古屋からJRで四日市。四日市には近鉄も通っているけれど、私はJRの四日市しか知らない。名古屋からJRの普通列車(ワンマンカー)で40分。JRの駅はとても寂しい風景だそうだが、私はそこしか知らない。だから四日市の全貌を良くわかっていない。駅前にある「フルハウス」という喫茶店で2回唄わせてもらった。今回は違う場所だけれど、降り立った目の前にあるからマスターに挨拶した。突然だったからマスターも咄嗟には誰だか思い出せないでいる。よ〜くわかるよ、その感じ。私など旅をしていると顔だけは覚えているのだけれど、、、ということばかりだもの。こういうときは自分から名前を言うのが一番スッキリする。挨拶だけで店を出て、タクシーで四日市私立病院に行く。3時の約束だったけれど早く着いてしまったのでリハビリルームに行くと、家族以外は入れないと言われたので病棟の面会室で待っていると、
小川あゆさんが、いつもの笑顔で飛んできた。少し痩せていたけれど、それは当たり前だ。ご主人の蘭光(らんちゃん)が蜘蛛膜下出血で倒れてから4ヶ月。5回の手術のたびにどんどん良くなっていっていることや、食欲があることや、笑い話のような日々のことをあゆさんからは電話やメールで聞いていたけれど、一日もあゆさんとらんちゃんに会いたかった。
リハビリが終わるまで、あゆさんの話を聞く。沢山聞いてあげたかった。お見舞いの人が来るたびにおんなじ話をするのだろうが、やっぱり聞いてあげたかった。明るいカップルだったから殆ど笑い話みたいだけれど、毎日病院通いをしながら仕事をしているあゆさんはどんなに疲れているだろう。
らんちゃんが、息子さんに車椅子を押してもらって登場。可愛いニット帽をかぶり、お馴染みの丸めがねで、私は思わず「ガンジーみたいだよ!」といって
握手した。手も動く、足も一生懸命動かしていた。ゆっくりゆっくり話す。
もともと、らんちゃんは聞き役で、あゆさんが話し役だったから、なんだか倒れる前とあまり違和感がない。失礼かもしれないけれど「かわいい」
1時間少し、一緒にお菓子を食べたり(ほとんどらんちゃんが食べた)二人の漫才のようなやり取りを聴いていた。
もう少し時間はかかるかもしれないけれど、必ず以前より元気になる。
病院玄関までみんなで見送ってもらった。
二人には三重、滋賀のツアーでいままで沢山お世話になった。あゆさんの立て板に水のMC,らんちゃんはPAから全行程の運転から、泊まるところから、それに一緒にオートハープを弾いてくれた。二人のおかげで沢山友達も出来た。
これからは二人の一家の新しいLIFEだ。らんちゃんの生命力の強さとユーモアとあゆさんの潔さで私が励まされいる。
人はいろいろな姿になって人を元気にするチカラがあるんだ。

病院前に「カリー河」のマスター筑田さんが車で迎えに来てくれた。車のドァが開いた瞬間にカレーのスパイスの匂いがした。大好きな匂いだ。
開店して間もない店、居心地の良い木の床と漆喰の壁、内装は手作りなのだ。
初めてのお店は少し緊張するのだけれど、リハーサルが終わっていただいたカレーはとても美味しくて、お米も良くて、申し分なしで、そして一緒に歌うことになっている胡池マキコちゃんの歌声はとても澄み切っていて、道中の荷物の重さはすっかり忘れていた。
お客さんは、遠くは和歌山、そしてなんだか男性が9割という景色。マキコちゃんはちょっと本番緊張しました、、と言っていたけれど、そう、これだけ男性ばかりに見つめられたらなぁ、、。私も少し緊張、でも初めてのお客さんとそれから今回の旅を陰で支えてくれている人たちの一人であるじゅんこさん、それからあゆさんも病院から家に帰ってご飯の支度して駆けつけてくれた。
いつもうたう予定のリストを書いて足元に置くのだけれど、毎回毎回、それはすこしずつ変わる。この夜も予定外の唄をうたった。突然久しぶりの唄をうたうと間違えてしまうこもあるけれど、間違えたらまたきちんとやり直すようにしている。歌詞をごまかしてしまうのは嫌なこと。
気がつくと2時間近く。気持ちよく唄わせてもらった。ありがとう♪
宿泊は店の二階の和室で、と筑田さんに言われたけれど、そこは筑田さんが家族の待つ家に帰れない〈仕込みが早いから)ときに寝ている場所で、「筑田さん、どこで寝るの?」と聞いたら「店で」、、それは申し訳ない。
お客さんで来てくれたN氏宅にあゆさんと、和歌山から来てくれたNさんと一緒にお世話になることになった。N氏は獣医さんで、でも広い居間にはいろんなものがあって、なんとビールサーバーまであって美味しい生が飲めるのだが、私はN氏のリンパマッサージを受ける。なんでも使うクリームは馬用のマッサージクリームで凄く効くのだ。優しいね申し訳ないね〜
翌朝、和歌山のNさんは明け方帰って、それぞれにやることがあって、あゆさんと隣にある中華料理やさんでご飯を食べる。ちょうどWBC日本対韓国戦の真っ最中で、でも私もあゆさんも野球を良く知らなくて、後ろで食べ終わっても席を立たずにテレビを観ているおばちゃんに教えてもらいながらマーボ丼を食べた。お客さんが入ってくるのにみんな食べ終わっても野球が終わるまでは動こうとしないのだ。お店の人も「勝つの見てからでいいよ」と言う。
あゆさんは、そのままらんちゃんの待つ病院へ、私は筑田さんが次なる場所鈴鹿の白子(しろこ)のカレラと言う店まで送ってくださることになり、最後までありがたい四日市。そういえば、最初に筑田さんの車に乗ったときに感じた強烈なスパイスの匂いは二回目には感じなかった。慣れてしまったのだ。臭覚の慣れは早い。
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2009年03月13日

夢と希望の19歳

一泊の小旅行。は、は、は、今回はギターはないのよJALさん。

息子や先生と雑談。良い学校に行けて良かった、、。極貧生活のわが息子はお正月よりもずっと明るい表情。同じバンドをやっている友達と3人で食事。

「今、何に挑戦している?」
ベースマンのY君は「16ビートですね〜、あと再来年にはバークリーに行くから英語の勉強」ふむふむ、そうね、16ビートと英語ね。将来は母校で音楽の講師になりたいのだそうだ。
ところで君は「細かいリズムをなるべく大きくとる練習。いつかスタジオつくりたい、ずっとスタジオ代で苦労しているから、これからの奴に気持ちよく安くあたたかい場所つくりたい」
なるほどね。19歳の現実的なしかし大きな夢だ。そんなこと語りながら二人とも遠く家を離れ、頑張っている。

夢を聴いてあげる事は大切だな、瞳がキラキラしている。

私は先に眠ってしまったが、息子はちょっと散歩と言って出かけた。
「彼女んとこだろ~?」と言ったら
「違うよ、海行って来る。海でぼーっとしてくる」
ほんとうだったみたいだ。夜中過ぎ潮の匂いの冷たい風が狭いアパートに吹き込んできた。
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2009年03月10日

緊張とダラダラ

群馬榛東の「まほろば」現代詩資料館。でも喫茶店。それはそうだ詩の本を置いているだけではお金は入ってこない。富沢さんも詩人だけれども、喫茶店をはじめるまではいろいろ仕事をしていたそうだし、奥さんは去年まで中学校の先生だった。前にも書いたし、私の去年つくったDVDでも話しているけれど、この場所に来ると「唄」が生まれる。不思議だけれど。数え切れないほどの有名無名問わずしまわれている詩人達のエネルギーに思いを馳せると、いてもたってもいられなくなるのだ。なにダラダラシテイルンダヨ?といろんな本棚から声が聞こえてくるのだ。
いつだって唄のテーマを考えている、でも旅の最中は歌うことと移動とそれだけで何日も過ぎて行く。帰れば帰ったで疲れてダラダラとして何日も過ぎて行く。でも唄はいつでも抱えている。緊張とダラダラの繰り返しで1年なんてあっというまに過ぎていくことがわかる。「まほろば」の古書独特の匂いのする奥の和室の炬燵に入って今年もちょっとだけ自分を遠くから近くから覗くような「コトバ」を走り書きした。唄になるのはいつかしら。


「虫の音」いい名前。赤城山のふもとに出来たばかりのお店。
チエちゃんにはじめて会ったのはもう6年前、佐野の「風の子保育園」で。そのときは「ユキとチエ」というユニットで、ユキちゃんはバイオリン、ギター
チエちゃんはアコーデイオンや三線なども弾いていた。私は大好きになって、そのあともいろんなところで一緒になった。彼女達はアルバイトをして溜まったお金で日本中を旅して街角やライヴハウスや、とにかく凄まじく元気で明るくて大好きだった。去年、ユキちゃんは以前からやっていた焼き物を沖縄の読谷村で本格的にやっている。去年の12月にも会えた。楽しい仲間と一緒だった。チエちゃんから「お店をはじめました」というメールが来たのは、もう半年以上前で、内心「旅が出来なくなって大変だなぁ、、」と思っていた。ライヴを主催する大変さも想像できた。でもチエちゃんの頑張りは知っていたから再会が楽しみだった。喫茶店兼ライヴハウスをするには少し淋しい場所だけれど、良いものを提供すれば人は集まるはずだ。こういう厳しい時代になって、良いものだけでは通用しない社会になってしまっているのは、私自身人事でなく感じる日々。でもまだまだ若い女の子が「エイヤ」とはじめたのだ。応援するのはオジサンオバサンの役目だ。ダメになったらまた何かやればいいのだ。
時間があるというのは素敵なこと。そういう人達と持ちつ持たれつの繋がりに感謝だ。

まほろばも虫の音も 食べものが美味しい! それは手作りの味200%!
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2009年03月06日

騙されるシアワセ

3日前に、永原くんから「5日空いてますか?」の電話。誕生日を過ごす私を気遣ってのコトバであることはわかったけれど、、。風邪気味の私、遠出はしたくないよ、、と言ったらば、家まで車で迎えに来てくれると言う。元ちゃんと二人かい???う〜ん、どこか面白いところに連れていってくれるのかな、でも元ちゃんにご飯ご馳走してもらうのは忍びないしな、、。
そんなことを考えながら風邪がひどくならないように今日はお迎えが来るまで寝ていた。
元ちゃん、まず渋谷のタワレコの前で路駐。待っているとプレゼント!サミー・ディビス.ジュニアのCD。自分では買わないであろう渋い趣味。アリガト。元ちゃんからのプレゼントらしくてうれしい。
ところで、これから何処へ? しかしそういうことにあまり神経を使わない私、流れるままに着いたのは高円寺。どこかでなんか面白いライヴ?ずんずん歩く元ちゃんの後をにくっついて地下にある沖縄料理のライヴハウスに降りて行く。奥に10人ほどのお客さん。え〜!!!どうしたの!!!なんで!!!
まさえさん、よりこちゃん、ラルクさん、スミくん、ふくちゃん、usagiさん、久我さん、さゆみちゃん、え〜AKIとパパも!  やられた〜〜〜あの嘘の下手な元ちゃんにやられた〜〜そしてこんなに沢山の大好きな人たちが待っていてくれた。少しして加代子ママもやってきて、みんなそれぞれに心こもったプレゼント、ケーキまで。
嬉しくて、びっくりして、しばらくはぼ〜っとしていた。密かに連絡を取って集まってくれて、そう、来れなくて残念といってくださるかたがたもあったとか。でもこの10人というくらいのパーティーは一番楽しい。みんなライヴでは会っていても直接話す機会もない人たちもみんなで話せる。
プレゼントもその人らしいもので、私はプレゼントを選んだり包んだり悩んだりしているその人を想像するのが大好きだ
。AKIからは真っ赤なパーカー。胸に青い蝶が真横に飛んでいる〈モロフォチョウという名前だそうだ)絵を描いてくれて、私のイメージだそうだ。
こんな素敵な時間、宝物。
唄っていなかったら、こういう人たちに囲まれていない。ちょっと前の私には想像できない時間。
真心には「元気で唄う」ことで応える。
ちっぽけな自分を偉大な真心がいつも支えていてくれていることを、一瞬でも忘れない。いま、涙溢れています。
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2009年03月04日

最後になるといつもそうだ

出かける前とまったく違う世界にいる。途中で疲れてくるとあと何日、、、?
などと数えてしまうくせに、今夜がツアー最後となると、唄うにつれて「まだまだうたいたいよ〜かえりたくないよ〜」と我儘な私が心で叫んでいる。充実したステージの連続だった今回の北海道ツアーの最終日は札幌「アフターダークカフェ」マスターもママも喜んで迎えてくれる。地元元ちゃんの友人も来てくれて、17曲唄いましたよ!外はまた雪が降り出して、そんな中日曜日の夜出かけてくださった皆さんに心から感謝。唄いながらこの12日間の出来事がフィルムのラッシュのように頭の中で廻っている。
旅は凄い。とてもキツイ。とんでもないトラブルだってある。
しかし、やはり待っていてくれる人と新しい出会いに支えられている。
それから何より、「考える時間」をもらえる。これは家では味わえない「考える時間」ただボーっとしている時間とは違うんだ。変わる景色、距離、人、食べもの、寝床、ライヴの一曲一曲、マイクの向こう側にいる人たちの息遣い。それらが私に「考える時間」を与えてくれる。
唄を唄うものには「旅」がなければいけない。
生きている間に、あと何回此処に立てるのだろうか?永遠の一瞬。

アフターダークカフェの前日にも来てくれたちずるさんが、私の首と肩を触ってヒーリングしてくれた。体は疲れていたけれど、心地よい夜だった。ワインを2杯マスターからご馳走になる、ママからもお土産。
ちずるさんがホテルでマッサージしてくれるというので雪降る道、荷物を抱えて歩く。一番都会な札幌で一番旅芸人らしい帰り方をした。
ちずるさんにオイルで肩と首をマッサージしてもらってそのまま最後の夜は終わった。

翌朝、元ちゃんはまだ寝ている時間、一人千歳空港へ。
元ちゃんが失くした彼の帰りのチケットの紛失届けをして〈忘れんぼ大将にかけては勝負はどっこいどっこいだ)まぁ、実家でつかの間の親孝行してくれれば嬉しい。お母さんは死ぬまでお母さんだ。

「ライヴは家に着くまでがライヴです」が口癖の私。
最後に羽田空港で大トラブル、きっとJALのブラックリストに載っているかな。私のギターが壊れていた。30センチのクラック!!!!!!
羽田から直接リペアをお願いしている楽器店に送った。
旅の疲れもとれないまま、JALとのなが〜いなが〜い電話での「話し合い」が4日間続いた。詳しくは書かないが、世の中、血の通わぬ話しか出来ない人たちが多すぎる。大きな組織のシステムの大変さは理解できるけれど、人の命を預かる組織だ。先週末、ワープロ書きの詫び状が組織から届いた。サインくらいしてよ。
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2009年03月02日

横断する、そして最終地

幕別、前夜の雪は見事に上がって晴れている。これから山脈をひとつ越えて札幌まで。去年と違うのは新しい道が出来ていて札幌まで少し早く行けるようになったこと。鉄道も不便な北海道ではやはり道路つくりは大切なのだ。しかし道路というのは一番難しい問題を抱えている仕事。本当に必要な場所に正しい道をつくって欲しい。日本全国、本当に日本は道路が立派だ。こんなところまで道があるんだなぁ、、とびっくりする。
山越えの途中、雨が降る、向かいの山、十勝あたりの晴れた雲間に大きな虹!それもトンネルを抜けると虹は二重になって現れた。追いかける、追いかける、そしてまたトンネルをいくつかくぐる頃には虹は消えていた。自然の現象の中でダイスキが「虹」「流れ星」。旅をしていてこの二つのことに出遭うと、もうそれだけで幸せになる。幸せになれることに感謝する。すべてがうまくいくように思えるのだ。ありがとう大きなアーチ。

札幌に着いたのは、朝出発してから6時間ちかく。幕別でお客さんに頂いた美味しいパンを車中で食べただけで食事もせずに走った。そう、札幌でラーメンを食べることになっていたのだ。元ちゃんに連れて行ってもらったのは札幌でも古くからやっている「サッポロラーメン」らしい味噌ラーメン。でも何処が一番なのかなんて誰も決められない。いくら美味しくても、その時の体調にもよるし、それはつくっている人にも当てはまるし。ライヴもまさにおんなじだな。好みは人それぞれだ。しかしラーメン、少し値段が高いと思うこの頃。せめて¥500代にして欲しい食べ物だ。

ホテルでつかの間の昼寝。才谷屋に6時過ぎに。オーナーのもーりーも元気だ。音楽ダイスキな愛媛出身、坂本竜馬大好きなもーりー。ススキノという激戦区で立派なビル〈ススキノではひとつのビルに何十件という店が詰まっている)で頑張って美味しい食べ物とお酒と音楽を大切に頑張っている。ビルの入り口に入ると地下にある店のチラシが目に入る。「加奈崎芳太郎ライヴ」
あれ〜、そういえば加奈崎さんは北海道出身だったな。随分前から長野にいるけれど。まさかこんな雪の夜に同じビルの地下と三階で、偶然だ。
リハーサルが終わってから地下に挨拶にいく。ドアを開けたらちょうど加奈崎産、歌う直前の挨拶の状態。空気を読みきれない私「お久しぶりです」
「よしこ?オマエなにやってんの?」というわけで「あとでね」と言いながらドアを閉めて。才谷屋さんライヴはじまりはじまり!狭いステージだからお客さんにも私たち演奏者にも生の音が届く。それが暖かい。
わざわざ蟹大好きな私のためにタラバの足を沢山差し入れしてくださったかたもあり、モーリーは私の新曲嬉しそうに聴いてくれていて、打ち上げはトンシャブとカニ〜〜〜!本当はすぐに地下のセンパイに再度ご挨拶市に行かねばと思いながらテーブルを離れられない。だって美味しいんだもの。
しかし、そこは旅での再会、地下に降りて加奈崎さんにもう一度ご挨拶。そこでも打ち上げしていたけれど鍋もカニもなかったな(そういうお店ではありません)ご機嫌そう、お元気そう、「オマエ、あの頃セーラー服でエレックに来てたよな」あまりにも旧い話。でもそうです。5歳先輩は一生続くのだ。でもこうして旅を続けている先輩、エレックのアーティストでは珍しいのだ。元気で唄っていることを確認してお別れ。
雪はかなり降っている、元ちゃんは行くところがた〜くさんあるようで、私はいつも聴きに来てくださる古木さんに車でホテルまで送ってもらう。歩いてもすぐなのだけれど、楽器2台を持って今度の旅でも3回は転んだ。助かります。若い女の子はパンプスで闊歩しているのに、ゴム長の私なのに。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記