2009年02月28日

幕別へロングドライヴ〜そして

2月12日はこの旅の2回目の休日、夜ライヴがないというだけで休日というより長いドライヴだ。

寒さが前夜よりもやわらいでいる。
北海道の形が好きだ、不思議な生き物の頭みたいに見える。地図の上では。
しかし、助手席でなんだかんだと元ちゃんに気ままに話しかけている私の頭には地図はない。ただお気楽に飴をなめたり、トイレ〜!と叫んでコンビニに止めてもらったり、、。
「さぁ、よしこさん、やってきましたよ!降りましょう」
「うん?どこ?もう着いたの?え〜!これは足寄、、だ」
足寄の道の駅は立派だ。なんと松山千春氏のミュージアムや、ムネオさんグッズの売店もある。入り口に等身大の千春氏がラワン蕗の畑の中で笑っているパネルの前で元ちゃんのリクエストにより蕗の精になってしまった私。。千春氏との見事な2ショットだ。もっと偉そうな顔しておくんだったな。
ラワン蕗といえば(巨大な蕗です、茎の太さはふといものでは親指と人差し指で丸をつくったくらい)3年前に友達のY子ちゃんとアシリ・レラさんの家に行ったことを思い出す。レラさんも凄まじくエネルギーのある人だったな〜
お土産にラワン蕗をダンボール一杯にもらって、レラさんの家から宅急便で自宅に送って、私もY子ちゃんも旅が終わってからお互いに台所で巨大蕗の料理に悪戦苦闘した。

そんなことを思い出しながら、やっぱり私の唄の旅の形は変わっていない。行くといったら行く!!!!!のだな。

通称「ムネオロード」といわれる高速道路を走った。幕別に着いたのは夕暮れ過ぎてご飯時。この夜はオーバードライヴの阿蘇さんや内輪の方々とのゴージャスなディナーなのだ。去年、元ちゃんの少し遅い誕生日〈いつも車だから一緒に飲めるのはこういう日だけだもの)と言って私がお酒の安いコンビニ、セオコマートで\500のシャンパンを買って、やはり同じ状況で乾杯したのだが、なんでも私はすっかり忘れているのだったが、そのお祝いのシャンパンを殆ど私が飲んでしまった、、と元ちゃんに言われ、、そうそう酒、食べものの恨みはやられた人しか覚えていないものなのだ。
今回は失礼しましたと言うことでおんなじセイコマートでリベンジのシャンパンを買って、会場である「翔」という居酒屋へ。
ここのラムの焼肉は絶品で、肉を好まない私でも食べられる。オーナーである
木綿さんのこだわり。今回は鹿肉もあり、唸ったな〜!
そうそう、大事なシャンパン、乾杯をして、その後、、、「よしこさん、何の見ます?」と聴かれ、「ア、私、このシャンパンがいいのよね」あ〜、だから元ちゃんずっとレモンチュウハイ飲んでたのね。ごめんねまたやってしまった〜
しかも飲み残しがもったいないと私はボトルに栓までしてもらってホテルにお持ち帰りしてしまったのだな〜〜〜
楽しい美味しいご飯の後は、ホテルの大浴場で温泉につかる。嬉しい!
阿蘇さん今年も忙しい中、宴を作ってくださってごちそうさま、ありがとう!
来年はシャンパンは2本買おう。と反省を少しだけして眠る。

早朝、ホテルのマネージャーがドカドカと部屋に入ってくる。優しいオジサンなのだが、男性だ。私は2泊の連泊の2日目は部屋を替わらなくてはならなかったのだ。浴衣が寝起きにどう状態になっているかご想像におまかせするが、大急ぎでコートを羽織り、オジサンに抱きかかえられながら部屋替えをした。
温泉ホテルのドアには「オコサナイデクダサイ」の札はないのだ。でもオジサンとなんとなく仲良くなって後でいいこともあった。とにかく昼過ぎまで寝なくては!寝た。
その後遅い昼食は「インディアンカレー」というカレーやさんの「ハンバーグカレー」阿蘇さんと三人で。阿蘇さんの食べるスピードが半端でない。
「カレーは飲み込むものですから」。。。これには早食いの元ちゃんは負けた。負けず嫌いな彼はかなり悔しがっていた。


旅の最中ではじめての本格的な雪が降る13日の金曜日。ライヴは3回目のオーバードライヴ。元ちゃんはセッティングがあるからと言って、私は一度オーバードライヴからホテルに帰ることになったのだが、真っ白い真っ白い世界、どんどん降る雪。ホテルの看板が見えているのに私のナビは壊れた。
なんとか辿り着いて化粧をしてギターを持って、会場に行かねばならない、、
イヤダ!絶対ダメダ!ギターが雪に埋まる〜
ふとロビーのフロントに目をやると、あのマネージャーのオジサンが、、。
なんとホテルのクラウンで通常徒歩3分の目的地に優しく送ってくださった。
ありがたい、、。

オーバードライヴ、今回は、主人阿蘇さんのバンド「はじめにんげんぴーとるず」といつもきてくださるバンド「白い鳥」が最初に。みんな選曲がいい。北海道らしく中島みゆき作品などもあるけれど、やはり懐かしくなる名曲を披露していた。
私と元ちゃんのステージ、途中で私のギターのシールドの調子が良くなくて音が消え、白い鳥の方にステージ上で変えてもらう。そんな中で元ちゃんのソロコーナーもあり、満員に近いおきゃくさんのリクエストでかなり遅くまでのライヴになった。「今夜私は台所を棄てた」などもどんどん形が決まってきて嬉しかった。やはり本番の力は凄い。
しかしこのスペース、外は大雪にもかかわらずこれだけの音楽好きな人たちがやってくる。もちろん殆ど車。ということはお酒を飲まないで朝まで遊ぶ。でもみんな飲んでいるの?というくらい賑やかだ。
私は去年約束したミネストローネを頂いて美味しかった、覚えていてくれたんだ〜お抱え料理人さん。しかし食べもの安すぎ。
そして早めのホテル。だってドラムがセットされて、ギターが出てきて、もうわかるでしょ、その後のことは、、。
オーバードライヴに集ってくださる皆さんありがとう!

posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年02月27日

北海道から帰ってから

もう、10日も経っているのに、なかなか進まぬ私の旅日記。

許してね。今週は忙しかった〜!
旅の日記は正確に書きたいから、気持ちも大切にして。

と、いうわけで、明日からまた書き出そう。

そういえば、釧路で池村さんに特別に頂いた〈そう、札幌では買えないの)
「花畑牧場生キャラメル」大人気らしく、東京などの友人にプレゼントしてしまったら、昨日やっぱり北海道ツアーに行っていた河口修三さんがひとつくださる。修ちゃんアリガト。だから私の冷蔵庫には再び生キャラメルがいるのだ。

明日で2月も終わり。早いぞ時間!
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年02月24日

11日は想いで深い北見ライヴ

スープカレーをご馳走になったのも佐々木さんだが、この4年間北見でお世話になっているのも佐々木さんと言う名前。一日に佐々木さん3人にお世話になる日。一昨年の雪の夜ライヴ前にコンビニに行って財布を落とした事件から2年。まだ私の財布君はそう遠くないところにいるのだろうか、、。
ともあれ、ささきのりあきさんは四国愛媛の今治は「ブリキのがちょう」のさんちゃんの友人。若い頃、札幌で二人して沢山思い出作った仲らしい。去年も来られず、今年もさんちゃんは北海道には合流できなかった。新装開店してまだ間もない店で奮闘中らしい。元気な証拠。
会場は「ウッドストック」マスターのガンジーさんは最近体調をこわしてしまったそうで随分痩せていたけれど、娘さんがしっかり者でカウンター、ホール、そして父親がお酒飲みすぎていないかのチェック忙しい。
寒い夜だったのだけれど、暖房がステージに直接あたるので、タイコがまた破れないように、そして私もギターと喉が心配で、少し客席が寒くしてしまってお客さんには申し訳ないことをしてしまった。でもみんな元気に冷たい生ビール何杯も飲んでる、、、体が違う!佐々木さんはいつも友人に一生懸命チケットを売ってくださる。音楽とはまったく畑違いの仕事だけれど、カラカラっと元気に明るい。そして鉄の肝臓。打ち上げはいつも私はみんなが語り飲んでいるそばで寝ている。今回はなんでも翌日早くに大事な仕事があるから控えめ荷と言っていたけれど、水のようにコップのお酒が消えて行く。
元ちゃんは、ウッドストックに戻り、パンディーロを持って来てくれていた青年達とセッションして、ガンジー氏に連れられてもう一軒だったようだ。一日くらい休肝日をつく、、、れないな、、北海道。
私が佐々木さんたちとわかれホテルで化粧を落としていると元ちゃんからの電話。「よしこさん、エレキで一緒に弾けませんか?」う〜ん、、悩む、ドラマーから誘われた、ベースもいるという、、しかしだ、行ったら最後ダメだ、つくづく彼らとの歳と体力の差を味わいながら、お風呂に浸かることを選択。正しかった、翌日昼食のときに前夜というかその明け方までの北見のオタノシミを聞かされただけで私は佐々木さんと元ちゃんがカレーを平気で食べているそばでウドンを食した。
北見から幕別に出発!
ロングドライヴだ。陸別から足寄を通る。足寄といえば、二人のMさんのふるさと。道の駅「足寄」はちょっとしたミュージアムになっていて二人のMさんのグッズとか、唄のMさんの使用したギターやら舞台衣装や、表彰状が展示されている。元ちゃんに等身大のMさんがラワン蕗畑で笑っている写真に私を寄り添わせての2ショット、ま、シャレの言うことにして置いてくださいな。
幕別についたのは、そんな遠足をして6時過ぎ。
この夜はこの旅でもうひとつのOFFの、それもパーティーの夜なのだ!
オーバードライヴの阿蘇さんが、去年から元ちゃんと約束していた日本一のラムの焼肉の夜なのだ。私は夜のためにうどんで我慢していたのだ!
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年02月23日

雪、風、波、氷

去年は初日女満別空港に到着してレンタカーを借りて、元ちゃんがどうしても私に食べてもらいたいものがあると言って、そのままオホーツクに向って走った。何処なのかも知らされないまま着いたのは紋別の海岸。生まれてはじめて見た流氷だった。揺れていた。砂浜の白と空の灰色と海のトーンのちがう灰色、そして空の色はもっと暗い灰色だった。
今年は9日が移動日、やっぱり行くのだ。紋別へ。
しかし、到着したのは日が落ちてからで、去年連れて行ってもらったスポットも真っ暗だった。でも浜まで行くのだ。真っ暗の中で聴こえる音は風と波。流氷も流れてきているのだけれどはっきりとは見えない。波打ち際まで元ちゃんは物凄い速さで歩いていく。私はズッポリ雪にはまったり岩の上で180度転回するアクロバット的すっころびをしながらやっと波打ち際に到着。ここでも元ちゃんは思ったそうだ。「まさか、よしこさんは来ないで車にもどっているかと、、」そうはさせないんだね〜、与那国探検を忘れたか永原君。
しかし冷えてしまい10分くらいで今年も退散。去年食べた「ナメタガレイ」はお店もしまっている時間。美味しいものばかり頂いた日々に感謝を忘れぬようにこの夜はコンビニご飯。その後、紋別の飲み屋街(これはなんといったらよいのだろう、昭和30年代の映画のセットみたいに風情あり、なんともいえない寂寞としたネオンがいくつか、、。去年お世話になった見上さんご夫妻がやっているアリババというお店に行く。見上さんのお店で唄うと言っていたのだけれど、どうしても日程が合わなかった。見上さんからは「約束したのに」と何度も言われてしまった、、。来年は必ずだな。それでも数曲お客さんの前で唄わせてもらって、私は早々とホテルに戻る。久しぶりにシンデレラにならないうちにバスルームで洗濯、そしてテレビ。オーストラリアの熱波のニュースなどを詳しく知る。
翌日は早起き。紋別のお年寄りのデイケアホームで演奏なのだ。
見上さんの紹介。しかし前夜元ちゃん&見上さんは朝方まで飲んでいたようで、まぁ二人ともご苦労様です。
この日のために私は家から童謡や唱歌の歌詞を用意してきた。「焚き火」「春の小川」「ふるさと」おばあちゃんたちは歌詞など見なくても殆ど唄える。小さい頃におぼえたことは忘れない。特に音楽は脳みそのある部分をかなり刺激するのだな、泣き出すおばあちゃんもいるし「茶摘み」の手遊びもみんな出来る、でもおじいちゃんとセッセッセとやろうとしたらずっと手を離さないんだ!やるなジイチャン!人生の先輩達に元気をもらった1時間。先輩と言っても私もあと20年もすればお仲間だ。来年も待っててね。

紋別から美幌へ。「プチパーティー」でのライヴだ。
寒い日だったけれど、ママが広いお店を暖めて待っていてくれた。この日はアンティークというプチのマスターや地元の人たちのバンド「アンティーク」と元ちゃんの友人〈先輩)の狩野さんが唄う。広いお店なのにお客さんが沢山集まってくれた。一生懸命呼びかけてくださったのだ。3組のステージだったけれど私も沢山唄った。元ちゃんのソロも、そして新曲「SHE SAID NO!」も。新曲は緊張するけれど、毎日毎日変化進化していく。
マスターは昼間仕事をして、お店を守っているそうです。若いカップル、でも優しくて頑張っている。
賑やかな打ち上げだったけれど、宿を北見にとっていたのであまり長居は出来なかった。寒い夜、皆さん本当にありがとう。
北見まで40分。
なんと、翌日、アンティークでギターを弾いていた佐々木さんと奥さんが北見までやってきていて、私が「スープカレー」を食べたことがないと前夜に言っていたら、昼休みのお店に電話予約して連れて行ってくださった。ありがたい!はじめてのスープカレーは複雑なスパイスが絡まった味で辛さは1倍から30倍まである。私は1倍。夜唄うからな。佐々木さんのご主人は30倍に挑戦したことがあると言う。しかしスパイスは漢方薬みたいな薬効製があるから食後が爽やかだよ、と言われたとおり、非常に爽やかな御昼寝をしてしまった。佐々木さんご夫妻、北見までご馳走様でした。
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2009年02月19日

釧路の二日間

白糠のドラマティックな時間を過ごして、釧路の「港のビール工場」へ。その前に翌日の会場「ラルゴ」でランチ。ラルゴの一階は素敵な古本屋さんだ。私はアイヌの歴史の本を探す。本店にあるかもと店長の直樹君が翌日までに探してくれると言う。元ちゃん、ラングストン・ヒューズの私が持っていない〈欲しいシリーズなんんだけどな)シリーズ3冊ご予約(やられた)あ〜古本屋さんってなんて楽しい場所!!
ホテルでお約束の御昼寝。ビール工場はちょっと淋しい港に突然ある。地ビールを作っている。この夜は会員の人たちのちょっとした宴会で、私たちの演奏はビールを飲み鍋をつつきワイワイと楽しんでいる40人ほどのお客さんのためのお楽しみコーナー、時間も1時間弱と言われて、それはそれで凝縮の演奏。元ちゃんのために地元のミュージッシャンの方が自分のジャンベを持ってきてくれたし、賑やかななかで賑やかな唄ばかりでぶっ飛ばした!でもそれはそれで楽しんでもらえたみたいで、何よりこの場所で唄わせてもらえるように市に掛け合ってくださった白糠の池村さんに感謝。そうそう、私たちが控え室で待機しているあいだにムネオ氏が5分ほど挨拶に来ていたようだ。昼間テレビで根室のデモ行進に参加していたのを見たな、〈北方領土の日だったのだ)元気だ、フットワーク軽いな。最後に釧路市長が挨拶に来た。CDも買って、握手をされた。したのではないされた。さすがは握手のプロだった。
早めに終わったステージ。池村さんは白糠に戻る。ムネオ氏よりもフットワーク軽い。そして音楽の趣味も違うか。。。。。。
私はホテルへ、元ちゃんと東京から遊びに来た友達はジャンベの恩人のところへラルゴの大介くんなどと出かけた。ホテルの近くの公園には氷で出来た滑り台があって、本当は私は滑りたかったのだけれど夜はガードがしてあって残念。しかし翌朝元ちゃんや大介くんに聴いたらなんと彼らは良い子がしてはいけないことをしてしまったようで、一名、滑り台で軽い負傷者あり。

ラルゴ、去年の同じ頃元ちゃんに連れてきてもらった。本屋さんの2階の喫茶店だから申し分ないでしょ。ながれている音楽も好きだ。しかしオーナー大介くんが生まれる前の音楽も沢山流れる。
若い人たちが集まってくれた。一生懸命お店もお客さんを集めてくれた。ありがたい。東京から新しいジャンベも届いて、びっちり2時間唄わせてもらった。若い人が沢山いてくれるとエネルギーの色も変わる。さぁ!加速してきたな。
大介くんのお母さんや、お友達があったかいお鍋を
つくってくださってみんなで打ち上げ。前日お願いしていた本が2冊用意されていた。すこしづつ唄いに行くことの出来た土地のことも知って行きたい。
人間地理学という素晴らしい本があるけれど、難しくてなかなか読めないまま家の本棚にあるけれど、私にも易しいアイヌや北海道の歴史の本、実際に身を運んだ後に読むときちんと頭にはいるものだ。歴史を勉強しなければ私は私の唄の半分は創れない。いいかげんはダメだ。北海道という大地の歴史の数ページを捲りはじめる。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年02月18日

2月5日飛行機だ〜!

私も元ちゃんも無事に羽田チェックイン。搭乗口を通過してやっとほっとする。これは毎回なのだ。前夜はツアーブルーと私は言わせてもらっているのだけれど、10日以上の長旅の前日は荷造りをしながら結構情緒不安定になる。嬉しいんだけれど、旅を重ねるごとに、体調管理の難しさや思わぬトラブルを経験していくと人間は守りの心が生まれる。これはあたりまえかもしれないし、考えようによっては、「慣れ」に陥らないための心の準備かもしれない。

釧路丹頂空港には、ここ数年お世話になっている池村さんが迎えに来てくださっていた。この日はライヴはないのだけれど、冬の北海道、余裕を持ってマエノリ。夜は池村家にて少人数の前夜祭。えっちゃんのタコはもちろん、毛蟹一人一杯づつ、タラバ何本食べたか???えっちゃんのだんなさんが採ってきてくれた魚。少し立って私に「ウララスゥエ」を教えてくれた良子さんもやってきて、遅れたのは「アイヌ語教室」の先生をしてきたからだそうで、あ〜それもいきたかった、、でもご馳走には勝てなかった、、そして池村さんの奥さんも参加してキムチ鍋!とにかく飲む飲むみんな飲む。私は池田町民還元ワインをいただきました。「譚高譚」という紫蘇の焼酎をご存知だろうか?今は全国区になったこの焼酎は白糠産。仕掛け人は池村さん。ともかく町を元気にしていくことに命を懸けている。池村さんの書く文字は本当に魂のこもった文字だ。私のライヴにも必ず唄から選んだ言葉を見事に書いて会場に飾ってくださる。宵の口からはじまったのに気がつけば午前二時の前夜祭。ただただ食べまくってしまった。初日からこんな美味しいものを頂いてしまうと問題だな。

翌日は昼過ぎまで就寝。ご飯食べてまた昼寝。これは沖縄スタイルに似ているな。
会場は「チセ」と呼ばれる集会場。「チセ」はアイヌ語で住居。大きな囲炉裏があり、西の方角には窓がある。
去年は囲炉裏の炭火で一酸化炭素中毒の一歩手前までいったから今年は気をつけた。元ちゃんも気をつけた。
リハーサルも終わり、奥では女の人たちが物凄い手際の良さで打ちあげの用意をしている。
本番まで1時間。用意された三平汁とホッキ貝の炊き込みご飯頂こうとしたその時、ステージに置かれた元ちゃんのジャンベの皮が見事に破けた!
私も夢であって欲しいとおもった瞬間だった。
いろんな友達に頼んで八方手を尽くしたけれど間に合わない。白糠にはもちろんジャンベはない、、。
池村さんが最後の手段で白糠中学金管部のコンガを運んでくれた。どんなに凄い音を出してくれる元ちゃんもコンガは辛かっただろうけれど、それでも1時間半以上ステージをやりきった。辛かったと思う、、でも聴いているお客さんは事情を知らない人が殆どで、終わってから「ひゃ〜、たいへんだったね〜」
こういうときは、なるべく永原元には近づかないことを旨としている。
美味しいお刺身やお汁頂きながら、今年も良子さんに唄を教えてもらった。今回はチョット難しいな。
凹みきってふっきれた元ちゃん、なんとか東京から代わりのジャンベの手配もできたようで、翌日は釧路のミュージッシャンの方々に借りる手はずも取れて。やっぱりおにぎり頬張ってぐいぐい飲んでいる元ちゃんに戻った(エライ)
なんともドラマティックな初日、白糠には伝説が降り積もる!

打ち上げの時に、女子と男子がキッチリと席が別れていたのがおもしろかったなぁ、、、。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記

2009年02月05日

体育会系

しばらくツアーをしていなかったら、腕や腰の筋肉が落ちている。
体は正直。
でも体操(これは特別メニュー)これをしていたおかげで喉が開く。
心も開く。

今朝早く、白糠のえっちゃん、良子さんから電話。
「ゴム長はいてくるんだよ〜まってるよ〜」
待っていてくれる人達がいてくれる幸せ。

しかし去年フンパツしたダウンコートが破れた!ガムテープ、それもシルバーの!ファンキーな旅になるな。
posted by よしだよしこ at 00:00| 日記